クリスの大脱出
「クリスティーナ様、朝のお食事をお持ちしました。食事の後は神父様がいらっしゃいます」
そう言って運ばれてきたのは、私が昨日頼んだトマトジュースとトースト、目玉焼きと肉炒めでした。
それが50回目の朝の食事、つまり私がリーリウム王国の地下牢に閉じ込められてから50日が経過していることを意味します。
居心地は悪くはないです。適度な広さ、ベッドは貴族が使っているそれが使われているらしく寝心地もよく、食事も最高級の食材ばかり使われていました。トイレはあるのですが、お風呂がないのは残念です。けれども、頼めばお湯と桶、そしてタオルも用意してもらえますし、さらに暇なときはおしゃべり相手まで用意してくれます。さらにさらに頼めば、素振り用の木刀まで用意してくれましたし、昨日なんて管弦楽団を呼んで牢の前でコンサートまでしてくれました。太陽の光を浴びることができないこと以外は至れりつくせりなんです。
最初は数日で出られると思っていたのですが――さすがにこのままだといろいろと不安でいっぱいです。
そのため、精神的不安があるでしょうからと、毎朝神父様がいらっしゃって、心が安らかになる教義を説いてくれるんですけどね。
牢の扉を破れないのなら、壁や天井をぶちぬけばいいと気付いたのは四日目のことでした。
私の力は、いまや鋼をも砕くほどまでに成長している――と思うほどです。謎の金属の扉は無理でも、明らかに石でできている壁ならば、簡単に壊せる、そう思いました。
コーマさんにお金を借りて弁償はしますから許してくださいね。
そう心の中で謝罪し、私は拳に力を込めました。
それから一分後、打ちひしがれている私がそこにいました。いえ、拳を打っていたのは私のほうなんですけれど。
でも、まさか石の壁がこんなにも硬いだなんて思ってもいませんでした。最悪、壁の内側に金属があって脱出できないとか、壁をぶち破ったらお城が倒壊する――なんて想像を今更したのですが、まさか壁にヒビ一つ入らないなんて。
そういうわけで、私の監禁生活は続いているわけですけれど。そろそろ脱出手段をしっかりと考えないといけません。こういう時に頼りになるのはコーマさんなんですけれども、コーマさんに通じるはずの通信イヤリングを、今はリーリエちゃんが持っている状態で、コーマさんとは連絡が取れません。外部との連絡手段は一切ありませんから。
リーリエちゃんと話をしようと、通信イヤリングを使っているのですが、最初に少しお話してから、此方も全く連絡が取れない状態です。何かを知っているはずのイシズさんもここには来ません。食事を持って来てくれるメイドさんたちは――恐らく私の素性以外は何も聞かされていないのでしょう。
こういう時、何かいい手段はないか?
そう思っていると、私は朝の食事についていた銀製のフォークを見ました。
そうですね、やっぱりそれしかありませんよね。
※※※
「クリスティーナ様、お食事を下げに来ました。それと、神父様がいらっしゃいましたよ。今日はいつもの神父様が来られないそうで、代理の方がいらっしゃいました」
牢の外から声がかけられます。が、私はフォークを握ったまま動きませんし、声も出しません。
今までこんなことがなかった。そう思ったメイドが不思議に思ったのでしょう――恐らく中を覗きこんだはずです。
そこで見たものは――フォークを持って首から大量の血を流している私でした。
「大変です、神父様! クリスティーナ様がっ!」
「なんと――これは大変だ。だが、まだ息はあるようだ。すぐに回復魔法で傷を塞ぐ。急いで鍵を開けなさい」
「わ、わかりました!」
メイドさんが牢屋の鍵を開けます。成功です。ちなみに、これは血ではなく――
「あぁ、ご苦労様です。それと、トマトジュースを血の代用にするなら、蜂蜜を入れたほうがいい。そのほうがドロッとした本物の血に近くなる」
「え?」
ばれていた? 私が思わず言葉を発してしまうと、私の隣に、鍵を開けたと思われる看守さんが倒れます。
「それにしても、驚いた。お前が死んだふりという、自分も他人も騙す嘘を平然とやってのけるとはな。だが、どうするつもりだった? この牢は二重扉になっていて、脱出したところで同じことの繰り返しだぞ。しかも同じ手は使えん」
「どうして――」
「そこの看守を人質にでもするつもりだったのなら及第点をくれてやってもいいが、しかし、人質の効果すらないだろう。果たして、失敗に終わった貴様はさらに警備の厳しくなった牢屋で犯罪者らしく女王の愛玩動物として一生暮らすことになるんだな」
「私は犯罪者じゃありません。それより、どうして――」
私はその自称神父さんを見て言いました。変装をしているようですが、それでもその顔には見覚えが、その声には聞き覚えがありました。
神父様の服を着ていますし、何故か髭が生えていますが、やや痩せこけた輪郭と人を蔑むような瞳は見間違えるわけがありません。
「どうしてサイモンさんがここにいるんですかっ!」
私がコーマさんに出会う二年前に出会い、一緒に旅をしたサイモンさんがいる意味が、私には全く理解できませんでした。
「大きな声を上げるな。看守に気付かれる。どうして俺がここにいるかだと? 決まっているだろ。仕事だ。クリスも知っているだろ。俺は司祭だ。司祭が神父の格好をして神父の仕事をして何が悪い? お前は俺の職を否定するのか? だとしたら心外だ。慰謝料を請求しないといけないな」
「慰謝料――えっと、今手持ちのお金がなくてですね」
「ほら、お前のアイテムバッグだ」
「え?」
「ちょうど監視室に保管されていてな。友達の恋人を奪った女の懺悔を聞いている間に盗んでおいたよ」
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、サイモンさんはアイテムバッグを私に投げ、つけていた髭を毟り取りました。あ、付け髭だったんですね。
「とっとと脱出するぞ。黙って、ついてこい」
「はい」
サイモンさんはゆっくりと歩き、扉の前で声色を変え、
「今日は終わりました」
そう言った。すると、扉の向こうから、
「御苦労様です。今日はやけに早かったですね」
と声がかかり、扉の鍵が外される。そこから、看守を昏倒させるまで、僅か一秒の出来事でした。早業です。
私は魔物を倒す戦い方のプロですが、サイモンさんはやはり人と戦うプロですね。
「とっとと脱出するぞ。堂々としてろ。お前が監禁されていることを知っている人間は、お前が思っている以上に極僅かだ。幸い、あの鬱陶しいメイド長も、女王も今はいないしな」
「え、リーリエちゃん今はいないんですか? 聞きたいことがあったんですが」
「聞きたいことがあるなら俺が教えてやる。今は脱出に専念しろ」
そう言って、私は三年前、この城に忍び込むときに使った隠し通路を使い、脱出したのでした。
サイモンは本編では初登場。ですが、これまでに名前は何回か登場していました。
これだけ思い出して、登場人物紹介
~サイモン編~
・クリスの叔父(父親の弟。クリスは知らない)
・詐欺師
・七英雄のひとり
・クリスとコーマが出会うまでは、クリスとふたりで旅をしていた
・感想欄では嫌われ者
・何故かお魚から人外転生の出世魚物語では六章のメインパートナー




