初めてのルシル迷宮探索物語 その4
14階層に入って、最初に気付いたのは、14階層が二層になっているということだった。
14階層上層と14階層下層に分かれている。地図には書かれていなかった。
「助けてくれぇぇぇっ!」
14階層の下層から声が聞こえて来た。30歳くらいの男が、狂走竜に追われている。そう思ったら、男は狂走竜に足を噛みつかれ、別の一頭が左腕に、別の一頭が前にまわり男の首に噛みついた。
「…………っ!」
助けに行こうと思ったが、
「やめておけ。もうあれは助からないよ。すでに死んでるよ」
そう呼び止めたのは、斧を背負ったスキンヘッド男だった。
「……オーガさん!」
オーガさんは、僕と同じBランクの冒険者だ。ソロで活躍しつつ、後輩たちの育成、指導も行っている。
近々Aランクに昇格するとも言われているが、本人が辞退しているそうだ。自分にはまだ早いと。
「久しぶりだな、ラキア。相変わらず熱血なのはいいが、狂走竜には関わるなよ」
「あの男は自業自得さ」
「そんな言い方……オーガさんらしくない……」
「見てみろ。その看板」
オーガさんが指さす看板を、僕とカリナが読む。
【階段より下は狂走竜の縄張りです。上層にいる間は、攻撃されない限り狂走竜は襲ってきません】
そう書かれていた。
つまり、階段より下に行かなければ安全ということか。
「でも、この階層のアイテムは全部下層にある。欲張ってアイテムを取りに行ったら、あんな感じになる。悪いことは言わねぇ。命あっての物種だ。階段より下に降りるんじゃないぞ。アイテムを集めたければもっと下の階層にいきな。15階層と20階層に行けば11階層に戻ることができる転移陣もあるし、13階層で試練の部屋を引き当ててわざと失敗すれば11階層に戻れる」
「オーガさんは戻らないんですか?」
「暫くはバカな奴らが下に降りないように見張ってるよ。文字も読めない奴が多いからな。いいか、ラキア。ここはふざけた迷宮だ。だが、それでも迷宮には変わらない。死と隣り合わせだということを忘れるなよ。少しでもきついと思ったら、いや、そう思う前に戻れ」
オーガさんはそう言うと、壁にもたれかかった。
僕とカリナはオーガさんに礼を言うと、その忠告を噛みしめた。途中で下層に宝箱が見えたが、頭を振って前に進む。暫く歩くと、後方から悲鳴のような声が聞こえてきた。それは断末魔の叫びのようで――きっと欲望に負けたのだろうと察した。
死と隣り合わせ――その言葉の意味を噛みしめ、僕は15階層の階段にたどり着いた。
これまでと違い、15階層は普通の迷宮だった。
迷路状になった迷宮。地図もないので苦労したけれど、宝箱もいくつか見つけたし、リザードマンとの戦闘もあった。
ううん、なんだろ。ここまで普通の迷宮だと逆に落ち着かないなぁ。
宝箱の中身はポーションだとか、鉄の剣だとか、普通のものばっかりだ。あと、宝箱は固定されていて、動かせないようになっている。迷宮の宝箱って、ある程度時間が経てば元通りになるって言うけれど、いったい誰が補充するんだろう?
そう思っていると、三つ目の宝箱を見つけた。
「……あれ? 空っぽ?」
「先に誰かが開けたんだね」
たまにこういうこともあるけれど、これも迷宮ではよくあることだ。むしろ1階層から9階層にある宝箱なんて9割以上空っぽだしね。これまで宝箱の中身が入っていたことのほうがラッキーなんだ……と思っていたら、僕はそれに気付いた。
それは本当に偶然だった。さっきまで宝箱に誰がアイテムを補充しているのか気になっていたからか、ちょっとだけよく宝箱を見た。
すると、宝箱の裏側に、それが張り付けてあった。
「メダルだ」
「また白金貨?」
「うぅん、違う感じだよ……竜の絵だし」
「……あ、これ、もしかして……」
「カリナ、これが何だかわかるの?」
「ほら、入口に書いてあった聖銀貨だと思う」
「あぁ、聖銀貨か。じゃあ、金貨よりも下のメダルなんだね」
わかりにくい場所にあったから、もしかしたら当たりなんじゃないかと思ったけど、少し残念だ。
僕がガッカリしていると、カリナは首を横に振る。
「……聖銀……これ、多分ミスリルだよ」
「えっ!?」
ミスリルって、伝説の金属じゃなかったっけ?
ドワーフとエルフがこよなく愛したというミスリルのコイン?
「それが本当なら、これ一枚で、金貨20枚くらいにはなるんじゃないの?」
「うぅん、そこまではないと思う。文献のミスリルはもっと軽い金属のはずだから。たぶん、表面だけ薄いミスリルを張っていて、中身は鉛か何かだと思う。それでも、金貨3枚にはなるんじゃないかな。それより、ミスリルの加工なんてできる技術に私は普通に驚くわ」
「金貨3枚……そんなものが簡単に見つかるなんて」
凄いよ、この迷宮。
そう思うと同時に、これまで見つけてきた宝箱の蓋の裏を確認していなかったことを少し後悔する。
さらに歩くと16階層に続く階段を見つけた。
そして、階段の手前には、オーガさんが言った通り、11階層に続く転移陣もあった。
16階層に向かうと、そこは水路に満ちた部屋だった。迷宮の構造上、泳がないといけず、魔物も水の中にいる魔物が多い。
それに、天井がいつもより明るい。
「水着持って来てないよ」
「そういう問題じゃないと思うよ……ううん、そろそろ帰ろうか」
「どうして?」
「僕たちって水の魔物との戦闘経験はあまりないからさ。水路の中をよく見ると水草も生えていて、足場も安定しない。オーガさんも言っていたでしょ。危ないと思う前に帰れって」
「うん、そうだね。帰ろうか」
こうして、僕たちのはじめての冒険は、白金貨2枚、聖銀貨1枚、その他複数アイテムという成功で終わったんだけれど。
でも、それで終わりじゃなかった。
そう、11階層にそれが待っていたから。
「凄い行列だね」
メダルを入れるとアイテムが出てくるという謎の壁の前は凄い行列になっていた。
ただし、その列は全て白金貨を入れる壁に続いていて、聖銀貨を入れる壁には誰もいない。
「うぉぉぉぉっ! 出た! 出たぞ! 純金の剣だ! 大当たりだ!」
「くそっ、もう一枚メダルがあれば……俺なんて全部ポーションや解毒ポーションだったのに」
「終わったなら早くどけ! 次は俺だ!」
「もう一回迷宮に潜ってメダルを取ってくるぞ!」
11階層のその空間は異様な熱狂に満ち溢れていた。
中には白金貨の買い取り、販売をしている仮設店舗までできている。
……これは一体、何が起こっているんだろうか?
僕には全く理解できなかった。




