初めてのルシル迷宮探索物語 その2
迷宮のいたるところに、隠すように設置された映像送信器。空き巣を迷宮に転送していろいろな実験台にしていた時の名残のようなものだ。
かつてはテレビのチャンネルのように切り替えて映し出していたが、冒険者が普通に入ってくるようになり、チャンネルの切り替えでは対応できない部分がでてきたため、魔王城の隣に映像監視センターを設け、そこの所長に、ルシルの次に暇そうにしていたメディーナを据えた。
というのも、メディーナは普段目隠しをしているが、頭の蛇の視覚情報も認識することができ、その無数の視覚情報を処理するだけの能力もある。つまり、百を超える映像受信器のモニターを確認するにはもってこいの役職だった。
初日ということもあり、今日は俺、ルシル、ゴブカリ、マネット、マユも一緒になって映像を確認していた。
ゴブカリの部下のゴブリンは弱いながらもしっかりと作戦を考え、冒険者を翻弄している。そのためか、今のところ軽傷のゴブリンが3名出た以外は死者は出ていない。冒険者の間でもこの迷宮のゴブリンは危険だから深追いするなという認識ができはじめていた。
それより問題は12階層だ。
「……一体、あれは何のマネだ? そう言えば、お前、タラを使って大豆を大量に買いに行かせてたよな」
ストローゴーレム。藁でできた最弱種のゴーレムの中から、納豆が出てきた。
そんなバカのようなゴーレムを作るなんて報告、俺は受けていない。
ストローゴーレムを作ることも聞いたし、その材料となる大量の藁も提供した。
「ゴーレムって、基本、自分の体と同じ構造のものを食べるはずなんだけど、あのストローゴーレムは何故か大豆しか食べなかったんだよ」
「……なんで?」
「多分、コーマが渡した藁に影響されたんだと思う。えっと、コーマが言うところの納豆菌っていうやつが、藁に残ってたんじゃない?」
「……あぁ、確かにもともと納豆を入れていた藁だしな……」
納豆を食べ終わった後に残った藁を再利用したのが不味かったらしい。
ストローゴーレムの亜種の誕生だ。それが証拠に、ストローゴーレムを倒すと、魔石と一緒に、納豆を落としている。
それを拾った冒険者は複雑そうな表情をしているし、中にはその匂いに泣いて逃げ出す冒険者もいた。
でも、一部拾って帰る冒険者も出ているから、もしかしたら数週間後には町で納豆フィーバーが起きるかもしれないな。いや、それはないか。
「ウッドゴーレムもひどいな……あれも亜種か?」
「そうだね……マッシュゴーレムと言った方がいいかも」
ウッドゴーレムは体中にキノコが生えていた。食用キノコの菌床として使っていた材木をそのまま使わせたのがまずかったようだ。
しかも、ゴーレムたちは迷宮の中の安全地帯(人間が入ることができない特殊結界)の中で、自分達の材料となる麦や木、さらには大豆まで育て、自主繁殖までする習性もある。
マネットが生産をやめても、これらのストローゴーレムとウッドゴーレム、いや、納豆ゴーレムとマッシュゴーレムはこのままこの迷宮に生まれ続けることになる。
「新種の魔物ってこうやって生まれるんですね」
ウォータースライムを被ったマユがそんな感想を漏らすが、そんな新種の誕生はやっぱり嫌だ。
ただし、納豆とキノコという特異体質を除けば、強さは通常のストローゴーレムとウッドゴーレムに違いはない。
まぁ、ギリギリ許容の範囲内だろう。
「十三階層の担当はルシルだな……でも、さすがに13階層があんな部屋なら冒険者も驚くだろうな。いろんな意味で」
※※※
「ねぇ、ラキアくん。納豆は捨てていこうよ」
「えぇ、でも村を出てから納豆を全く食べてないから、ちょっとくらいは――」
「だって、腐敗臭が凄いんだもん」
「村長さんも言ってたけど、これは腐敗臭じゃなくて、発酵臭だからね」
僕たちが修行のために訪れていた村では、村長さんがとても優秀な人だった。村おこしのためにいろいろな食べ物を発明していた。この納豆もそのひとつなんだけれども、この納豆はいろいろと苦労してたな。納豆をはじめて見た人は納豆のことを腐った豆だって言って食べようとしなかったこともあったし、それに実際に販売したあと、腐っている豆だから、さらに腐らしても問題ないだろうと放置した結果、カピカピになって食べられる状態じゃなくなったということもあった。
そんな問題が多い納豆だけど、僕は好きで、村にいたころは毎朝、産みたての鶏卵と一緒に食べていた。
カリナは一回納豆を食べてから、ずっと拒否していたけど。
ちなみに、ストローゴーレムが落とした納豆は小さな藁に包まれたもので、ストローゴーレムを斬って出てきた納豆は、魔物を倒すと煙のように消えてしまったのには安心した。あのまま残っていたら、剣の手入れが大変だったものね。剣に糸がまとわりついていたし。今度から、一度攻撃をしたストローゴーレムは確実に倒さないといけないな。
「じゃあ、間を取って、納豆は帰りにストローゴーレムを倒して持って帰ろうよ。納豆を持ったまま歩くのはイヤ」
「……そうだね、わかったよ。確かに、僕も鞄の中に直接納豆を入れるのは嫌だしね」
そう言って、食べ物を粗末にすることに対して罪悪感を覚えながらも、魔石だけを拾って、前に進むことにした。
すると、後ろから何か音が聞こえた。
振り向くと、僕たちが捨て置いた納豆を拾って、むしゃむしゃと藁ごと食べているストローゴーレムがいた。
ストローゴーレムは僕たちが見ていることに気付くと、納豆を食べている手を止め――一目散に逃げ出した。
「……食べ物を無駄にしないで済んだね」
「……うん、そうだね」
変な迷宮――と僕たちは同じことを思った。
……ってあれ?
「さっきのストローゴーレムが何か落としていったみたいだよ」
僕はそう言って、光るそれを持ち上げる。
「お金?」
「銀貨かと思ったけど、少し違うみたい」
「あ、これ、プラチナだよ」
「プラチナ……あぁ、偽銀か」
プラチナは精製、製錬が難しく、その鉱石を持って行っても銅貨数枚程度にしかならない。
なら、これはいらないなと思って捨てようかと思ったけど。
「細工が細かいね。綺麗な女性――これなら高く売れると思うよ」
「え? 偽銀だよ?」
「プラチナは加工が難しいから鉱石だと安いけど、きっちり製錬して、加工しているし、ここまで綺麗なメダルなら欲しい人もいると思うよ」
そうなんだ。そう言えば、偽銀って、正式名称は白金っていうくらいだから、金のように価値があるのかも……あ、そうか。
「ねぇ、これがもしかして白金貨なんじゃないかな」
11階層で白金貨と聖銀貨を入れたらアイテムが出てくるという壁があった。
その白金貨っていうのが、これなのかも。
「そうだよ、きっとそうだよ」
カリナも僕の意見に賛成してくれた。
とにかく、メダルなら邪魔にならないから持って行ってもいいよね。
僕たちはさらに12階層を探索することにした。
もう一種類、ウッドゴーレムという魔物がいて、その魔物はなんというか、キノコのお化けだった。でも、毒キノコというわけではなく、食用キノコだけだった。ウッドゴーレムを倒したら、キノコを落としたんだけど、これも邪魔になるという理由で捨て置いた。
ウッドゴーレムが来て食べていった。メダルは落としていってくれなかった。
よくわからないゴーレムたちだと思いながらも、僕たちは入口で見た地図の記憶を頼りに、十三階層に向かった。
「……あれ? 十三階層は出現する魔物について何も書いてないね」
「本当だ。でも、地図はあるけど……部屋が多いね。百はあるよ……あ、階段までは直線みたいだね」
それだけを確認すると、僕たちは十三階層の扉を潜った。
地図の通り、無数の部屋があり、いくつかの部屋は扉が開いていた。
開いている扉の外から部屋の中を見ると――そこは何もない部屋だった。
どういうことだろ……そう思っていたら、閉じている扉が開いた。
中から出てきたのは、冒険者の男。ほくほく顔で剣を持っている。
鉄……いや、鋼鉄の剣のようだ。
「おぉ、お前等も今ここに来たところか?」
「え、はい」
「そうか、俺も三時間くらい前に来たんだが、この階層は面白いぞ。部屋に入ると何かが起きる。魔物が出たり、宝箱が置いてあったり、中には罠があったりな。入るたびに別の事が起こるんだ。俺たちはイベントの間と呼んでいて、今はほら、この鋼鉄の剣が置いてあった。なかなかの名剣だぞ」
「はい、確かにいい品だと思います」
「他にも薬や鎧、宝石を手に入れたって冒険者もいた。もちろん、ノーリスクじゃない。魔物にやられて大怪我を負った冒険者もいたが、俺はそんなへまはしないさ」
冒険者風の男はそう言うと、別の部屋の閉じていた扉を開けて入って行った。
そして、僅か十秒で部屋から出てくる。
……ただし、その姿は一瞬ですっかり様変わりしていた。
白い粉塗れだった。
「とまぁ、こんなハズレの部屋もあるから気をつけろよ」
男はそう言うと、別の部屋に入っていき、今度は中々出てこなかった。
変な迷宮だ。
「どうする? 僕たちも入る?」
「そうだね、入ってみようか」
さっき男の人が入った部屋は鍵がかかっているようで開かない。
僕たちは、中が空っぽの部屋に入った。
すると、扉が自動的に閉まり――
空から紙が落ちてきた。
僕はひらひらと舞い降りてきたその紙をつかみ取る。
【ハズレ、一回休み。一時間後に扉が開きます】
……軽く苛立ちを覚えた。その怒りを誰に向けたらいいかわからないんだけど。
「どうしよ……ラキアくん。困ったよ」
「別に困ったっていうほどじゃないよ。ちょうどいいし、ちょっと休憩しようよ」
「そうじゃなくて……あの……」
カリナは顔を真っ赤にして言ったのだった。
「トイレに行きたくなってきちゃった」
……それは確かに困った事態だ。
部屋に閉じ込められたらトイレに行きたくなるのもテンプレ。




