マネットに相談
炉の作製について考える。まず、ヒヒイロカネの特製についてもっと調べないといけない。それに、外側の素材も耐熱加工をしないと。
今の竜骨でも温度を上げすぎたら耐えられないだろうから、熱を遮断できる素材がないか考える必要がある。
全てヒヒイロカネで炉を作る案も考えたが、それだと熱が外に逃げてしまいロスが出るだけでなく、工房の部屋が地獄の蒸し風呂状態になってしまいそうだ。
ヒヒイロカネを用いた炉のレシピが存在しない以上、自力で正解に辿り着くしかないわけだが、課題は山積みのようだ。
もしかしたら、これまでにはない新たな素材が必要かもしれない。
「……そうだ、マネットの奴に相談するか」
俺はアイテムBOXから素材を適当に取り出して、アイテムバッグに詰めて、マネットの工房に向かった。
工房の近くまで来ると、扉が開いていて、中からハンマーを叩く音が聞こえて来た。
「ん、メディーナもいたのか」
「あ、コーマ様。先日は素晴らしい浴衣をありがとうございました」
俺の声に気付いたメディーナは、こちらを振り向くと、目隠しをつけたまま頭を下げ――その頭を盛大に落としていた。
頭から生えた無数の蛇も一緒に目を回している。
「……なんだろうな、お前の顔が取れることが世間に認められたら、それを一発芸にしてお笑い芸人に転身できるんじゃないか? お約束すきるぞ」
「すみません――」
体が首を拾い上げる。本当にすべてお約束だ。
このメディーナは、かつてルシファーの部下であり、ルシルの部下でもあったメデューサだ。変身能力もあり、その目で見た相手を石化することもできる。
ルシルによって長い間封印されていたが、封印が解放され、こうして魔王軍の配下になっている。
そして、工房で働いているのは――
「相変わらずひどい光景だな」
俺が最近この工房に来ない理由を思い出した。
というのも、この工房。
シルフィアだらけなのだ。
光の神子シルフィア。彼女の姿を元に作られたゴーレムは、現在マネットの部下として働いている。部屋に何人いるのか数えるのがバカらしくなるほど部屋の中にいるからな。前にスウィートポテト学園で普通にシルフィアに声を掛けられただけでびくっとなった。
「メディーナ様、お持ちしました。これの石化をお願いします」
抑揚のない声でシルフィアゴーレムがメディ―ナに言った。
「あ、わかりました」
シルフィアゴーレムが持ってきたのは、スライム……いや、スライムの肉片だった。
「そのスライムはどうしたんだ?」
「昨日、スラッピーとスラザビが融合したときに、余った肉片を吐き出したので、拝借してきました。問題がありましたでしょうか?」
「あぁ、殺したんじゃないなら別にいいよ」
そして、メディーナは、「ちょっとだけ目を使いますから後ろを向いていてください」と言って、俺に後ろを向かせる。
数秒後に、「もういいですよ」と声がかけられたので振り返ると、スライムの肉片は石に代わっていた。
「目が合わなくても石にできるのか?」
「無生物のみですけどできますよ」
メディーナはそう言った。彼女が胸を張ると一緒に蛇も自慢げに体を上げた。
すると、そこにようやくマネットがやってきた。
「ん、コーマ、珍しいね。僕の工房に来るなんて」
「まぁ、相談もあってな。ところで、スライムの肉片を石化させて何に使うんだ?」
「あぁ、この石ね。ほら、触ってみてよ」
マネットに言われ、俺はシルフィアゴーレムからスライムの石を受け取ると、その感触に驚いた。
「これ、かなり柔らかいな……石というより粘土に近いぞ」
「でも石だから丈夫なんだよ。ゴーレムの関節部分にこれを使うことで、ゴーレムの腕や足の可動域を高めることに成功したんだ」
「……へぇ、そりゃ凄い」
なるほど、工房に篭りっきりとは思っていたが、いろいろと研究をしているんだな。
と思いながら、その石を鑑定してみる。
……………………………………………………
スライム石【素材】 レア:★★★★
柔らかく、しかし硬い石。
スライムが多く生息する地帯に稀に落ちている。
……………………………………………………
どうやら、何らかの原因で石になったスライムが、スライム石と名付けられたらしい。
……まさか、スライム石を最初に発見した人も、これが本当にスライムの肉片だなんて思わないだろうな。
「それで、コーマ。僕に相談って?」
「あ、そうだった。実はな――」
※※※
「それなら、真空断熱が一番効果的だとは思うけど」
「真空断熱――って、あれか。魔法瓶みたいなやつか」
「魔法瓶? はよくわからないけど、熱を伝えない方法は、熱を伝える手段を無くすことだからね。まぁ、完全に空気を無くす方法は知らないけれど、それでも真空に近付ければ、熱をある程度は遮断できると思うよ」
「なるほど……その案で言ってみるか。助かったよ。そうだ、マネットに土産を持ってきたんだ」
俺はアイテムBOXから、オリハルコンやヒヒイロカネを含めた様々な金属を取り出した。
「これだけあれば、ゴーレム造りの素材にはなるだろ?」
「なるだろって……伝説の金属はいつから近所の雑貨屋で買えるようになったんだよ」
マネットが冗談っぽく言うが、その冗談で俺はあることを思い出した。
「……あぁ、フリマでこれらの金属を売るとしたらどう思う?」
「間違いなく町がパニックになるね。許容できてもミスリルまでだよ」
「……だな。メイベルには黙っておくか」
さすがにそれは俺でもわかる。
でも、ユーリには剣を一本くらい渡しておくか。あいつにも世話になったし。お菓子と一緒に持って行こう。
「こんな金属、どこで手に入れたんだ?」
「あぁ、それはな――」
俺はマネットに、ブンドの迷宮について説明した。
「なるほどね。でも、コーマ。あんまり取り過ぎたらダメだよ。このオリハルコンだって、瘴気が集まって形になるまで、おそらく百年単位の年月が必要だったと思うよ。土で入口を封印しているとしたらなおさらだ」
「どういうことだ?」
「この迷宮のスライムたちが瘴気から生まれたっていうのはコーマも覚えてるよね?」
もちろん覚えている。最初に生まれたのがスラ太郎――今のカリーヌだ。
そして、それからもスライムは月に二、三匹のペースで生まれている。
「それと同じで、アイテムも生まれるんだよ」
「あぁ、この迷宮で薬草や毒消し草が取れたり、げんこつ岩が拾えるのはそれが理由か」
「違うよ」
マネットは即座に否定した。
「薬草や毒消し草は迷宮で0度から40度の場所なら大抵の場所に勝手に生えるんだよ。小さな種が空気中を彷徨って地面に落ちて芽吹くんだ。そうだね、僕の迷宮だとブラックダイヤモンドという珍しい宝石が十年に一度くらい瘴気から結晶化するんだけどね」
ブラックダイヤモンドって、まさか石炭じゃないだろうな?
「じゃあ、俺の迷宮も十年くらいすれば何か素材が突如現れるのか?」
「どうだろうか。そもそも、この迷宮はとても幼い。ルシファーが殺されたことで一度リセットされているし、なにより平和すぎる。普通の迷宮なら人が入ってこなくても魔物同士で殺し合いをして、瘴気が生まれるんだけど、この迷宮は住み家を完全に区分けしていて、魔物同士も仲がいいからね。たぶん百年経ってもアイテムは生まれないよ。人間が迷宮の中に定期的に入ってこない限り」
あぁ、そりゃ無理な相談だ。
平和が一番だからな。仕方がない、アイテムは諦めるか。
そう思った俺だったが、その平和が破られることになるのを知ったのは、その翌日のことだった。




