忘れていたもの
その日の夕方。俺たちはキャンディの飴細工の店にいた。
ルシルは魔王城に帰ってもらった。あいつがいると話がややこしくなるからだ。
「師匠、そして皆さん、ありがとうございました」
キャンディの笑顔は、偽りのものではない。自分の実力を出し切り、結果には結びつかなかったものの、その飴細工の腕前を町中の人に知らしめた。それだけでも彼女は満足だったのかもしれない。
だが、それはマルジュたちにとっては決していい結末とは言えないだろう。とても辛そうな顔をしている。
「コーマ様……」
コメットちゃんが俺にどうにかならないか? といった顔で尋ねた。
彼女も借金の苦しみはよく知っている。人間だったころの彼女は、自分が育った孤児院の借金のために自らその身を売り奴隷になった。
今でこそ、彼女は全ては俺と出会うための運命だったと思っていてくれているそうだけれども、その時の苦しみ、思いは無くなるものではない。いや、コメットちゃんだけではない。俺自身も、彼女が奴隷になってから過ごした日々のほうがいい。
「そうだな、今朝まで売った俺の木工細工の金とかの代金のうち、七割くらいを場所代として渡せば、とりあえずの借金の返済は達成できるけれど……」
「それなら――」
「でも、その必要はないだろ」
俺がそう言うと、マルジュが詰め寄った。
俺を睨み付けるように見上げ、
「こーちょー先生、どういうことだよ!」
そう叫んだ。マルジュだけじゃない。俺とコメットちゃんを除く13人、26の瞳が俺を見る。
「ここで俺がお金を出すべきじゃない。手助けはするけれど、金を提供するだけなのはこの場ではあまりよくない」
「でも、先生は俺たちに無償で勉強の場を提供してくれて――」
「無償じゃない。お前たちが勉強して立派になれば、国のためになる。人々のためになる。だからお前たちは勉強をする場を与えられている。それを忘れるな」
俺はそう言って、マルジュの頭をどかし、そして、その男が来るのを見た。
茶色いロングヘアとちょび髭の男が店の入り口から入ってくる。
そして、俺たちを一瞥して大手を広げた。
「これはこれは――皆さんお集まりで。引っ越しの準備ですかな? ご苦労様です」
顔を見るのははじめてだが、その声には聞き覚えがあった。
「金貸し『マネー&マネー』の親分さんか。わざわざご苦労なことだな」
「おぉ、私のことを御存知でしたか」
男は満足そうな顔を浮かべて言う。自分が有名人になったと思っているのだろう。まさか、自分の店が盗聴されているとは夢にも思うまい。
「いえね、ここをレストランにしたいと言っておられる方が、ぜひともこの店を見ておきたいと言いましてね。旦那、どうぞ入ってきてくだせぇ!」
「あぁ、言われなくても入るよ。ちょっと外観を見ていてね――」
そう言って、新たな男が現れる。
その男には、見覚えもあったし、声に聞き覚えもあった。
えっと……名前なんだっけ?
「やぁ、コーマさん。あなたもここにいたんですか。芸術料理コンテスト、お見事でした。あなたが途中で会場を飛び出さなかったら、きっと私は負けていたでしょう」
「あ、思い出した! モロモブだ!」
そう言ったのは、マルジュだった。それを聞いて、男は一瞬不機嫌な顔をし、
「マロモブです。間違えないでください」
と訂正した。そうだ、マロモブだ。リアルかわいいこっくさんみたいな風体は忘れそうにないが、言動がもろモブのせいで名前をすっかり忘れていた。
「この店を買い取りたいと言いたいのはマロモブさんだったのですか?」
「まぁね――これ、約束のお金だ」
キャンディーの言葉を肯定し、マロモブは借金取りの親分に金貨の詰まっていそうな皮袋を渡す。
「はい、こちらが担保として預かっていたこの店の権利書になります。それでは、私はこれにて――」
マネー&マネーの親分さんはお金を受け取るとほくほく顔で帰っていった。
まぁ、マネー&マネーは、本当に法定外の金利をふっかけることもないし、暴力を振るうこともない、善悪で考えれば、グレーの金貸しだからな。放っておいてもいいだろう。
それより、問題はこっちだ。
「さて、これでこの店と土地は私のものになったわけです。すぐに出て行ってもらうことになるわけですが――もう覚悟は決まっているようですね」
「はい、このお店は、確かにお父さんとお母さん、ふたりの思いの詰まったお店です。ですが――私はふたりから飴細工としての心をすでに受け継いでいます。これさえあれば、この店が無くなってもどこでも生きていけます。これから少しずつお金を貯めて、また自分の店を持ちます」
「そうですか――それは素晴らしい」
マロモブが嬉しそうに笑う。本当に嬉しそうに
「つまり、あなたは就職先が決まっていないのですね」
「え?」
「本当はここの店を潰してレストランにする予定でしたが、プラン変更です。私は今回の大会で芸術の素晴らしさをしった。貴方にはぜひ、私の店の芸術料理部門の顧問として働いていただきたい」
「……え……でも」
「不服ですか? 芸術料理部門の店としてこの店をそのまま使い、貴方にはこの店の責任者になってもらう予定だったのですが――」
「……このお店で働いてもいいんですか? 私が?」
「もちろんです。あなたのように優秀な料理人は、私のパートナーに相応しい」
そう言って、マロモブは雇用契約についてキャンディに話し始めた。それは、誰が聞いてもキャンディにとって優遇されすぎている話だった。
「キャンディ、悪いが俺たちはそろそろいかないといけないんで、失礼するよ」
「え? 師匠?」
「悪いが、俺たちは修学旅行の最中でな。あと十分で竜車に乗り込まないと、宿の夕食に間に合わないんだよ。おい、みんな、急ぐぞ!」
「「「はいっ!」」」
生徒たちが俺の後についてきて走る。
「先生、こうなること、知ってたのかよ!」
「あぁ、マロモブがあの店を買おうとしていたことは事前に調べて知っていた。キャンディの料理の腕を認めていたのは大会の後でわかったし――」
なにより、あいつはルシルの料理を食べた。
ルシル料理はその副作用で、人の心を浄化することがある。清き心になったマロモブが、全ての事情を知れば何をするか? そんなの簡単に想像できる。
「やっぱりこーちょー先生は違うな。俺、やっぱりこーちょー先生のこと尊敬するよ」
「違うぞ、今回頑張ったのはキャンディだ」
それに、マロモブを変えたのは、ルシルの料理だ。
あいつの料理がなければ、きっとマロモブは自分のプライドを優先して、キャンディの料理の腕を肯定するようなことはしなかっただろう。
「ほら、急げ! 修学旅行4日目ももう終わるぞ!」
修学旅行って気は全然しないけれど。
……でも、こういう旅行も悪くないよな。
「あの、校長先生」
「なんだ、委員長」
「私たち、何かとても大切なことを忘れている気がするんですが――」
「え、忘れているって一体……」
目の前には竜車乗り場が見えてきた。
そして――そこには般若の面を被ったようなバセロナード先生が仁王立ちしていた。
あ……そう言えば、昨日からあいつのことをすっかり忘れていた。
その後、俺たちは竜車(産気付いた地竜の《ランドドラゴン》代わりの地竜は新たに用意してもらった)に乗って移動するんだけど、移動中も、宿についてからもずっとバセロナードの説教は続いたのだった。




