お前が優勝するんかいっ!
「コーマ、ちょっと私のたい焼きに何するのよ! 立派な妨害行為よ!」
「バカなことを言うな、俺は釣竿を振り回しているだけ、それに食らいついたのはお前のたい焼きだろうが! 妨害行為というのならまさにお前のほうだ! お前は日本の諺の前に敗れるがいい。こうなれば、お前の料理もすでにまな板の上の鯉ってところだな」
「鯉じゃなくて、鯛よね、それ。えっと、つまり、私の料理はコーマが食べるってこと?」
ルシルの言葉に、俺はえっと固まった。
……そういえば、俺はたい焼きを釣ったのはいいが、これをどうしたらいいんだ?
「俺が食べるのか? これを?」
「だって、コーマが釣ったんじゃない。責任もって食べなさいよ」
「えっと、それはそうなんだけど……」
確かに、ルシルの言う通り、こんな狂暴な魚をキャッチ&リリースしたら生態系の破壊にもつながるし、なにより何も片付かない。
かといって、この会場に、代わりにこれを食べさせるような人身御供となるような相手もいない。例の借金取りも、ぶっちゃけそれほど悪いやつじゃないし、何よりこの広い会場から探すこともできない。
「えっと、コーマ。これでも、私は自分が作った料理がちょっとだけ不味いし、ちょっとだけ体に悪いって自覚があるのよ」
……ちょっとだけ……ね。
ルシルが珍しくしおらしく言う。あいつに料理の才能がないことに対して自覚があるのは知っていたけれど、それを口に出してくれるとは思わなかった。
「これでも、最近はちょっとずつだけど美味しくなってきていると思うし、いつかコーマに美味しいって言わせてみたいの。それで、こういう諺知ってる?」
「……諺?」
「腐ってもたい焼き」
「……そんな諺は知らないなぁ」
ていうか、いくら自覚があるからって、お前、自分が作った料理を腐ったって言うなよ。
「毒を喰らわば皿まで……か」
これも一度ルシル料理を食べた者の宿命だというのなら、
「え……っと、食の達人Sと一個ずつ食べる……でいいか?」
釣竿を振り回しながらリールを回していく。
「……仕方ないわね、それでいいわよ。あれ? でも残り二個は? 他の審査員が食べるの?」
ルシルがそう言うと、審査員席にいた食の達人Sの両隣の50歳くらいの男女が首を千切れんばかりに横に振った。
そのふたりの様子を見て、ジャージ服の彼女は審査員席から下りると、
「私の出番のようですね」
そう呟き、釣り竿についたたい焼きを針から外し、それを口に入れた。
躊躇なく、吐き出すことなく、顔を青くすることも失神することもなく、もぐもぐと咀嚼する。
彼女に食べられているたい焼きが、どことなく幸せそうに見えた。
「……チョコの中にミントを入れているんですね」
「そうなのっ! わかる!? コーマ、ハッカ茶ばかり飲んでるから、ミントが好きなのかなって思って。ほら、チョコミントってさっぱりするでしょ」
「そうですね、とても凝っています。ミントも摘みたてのものを使っているんですね」
……相変わらず化け物だ!
ルシル料理の素材すらも楽しんでいるだと!?
「私の故郷のエルフの隠れ里の山にもこんなハーブが自生していて、長老とよく一緒に飲んだものです」
「え? エルフの村って森の中だけど山じゃないんじゃない?」
俺が思わず尋ねてしまうと、食の達人Sはたい焼きを強く握りしめた。
中のチョコが宙を舞う。
「……失言です。忘れてください」
そう一言いうと、もう一個のたい焼きを俺の口の中にツッコんだ。
力強く口の中にツッコまれたため、中のチョコが口の中に入る。アツアツに熱せられたチョコが直接のどちんこに当たり――
「ぐむぉぉぉぉ」
何しやがるんだ、この女っ!
この毒物を直接流し込むな! 俺はアイテムバッグからアルティメットポーションを取り出して、一気に飲み干した。
もしかしてエルフの森の他にもエルフが集まる村があるのだろうか?
隠れ里みたいなものだとしたら、あまり詳しく聞かない方がいいかもしれないな。
「はぁ、でもなんとか食べきったな。ルシルの言う通り、少し毒性が和らいでいるのか?」
「いえ、そんなことはないですよ。シル……私が食べても舌がピリピリするくらいですから」
「シル?」
ルシルが余計なことを聞く。今のもどう考えても失言だろう。
「ルシルさんの料理と言おうとしたんです……急なキャスティングでミスだらけですね」
食の達人Sが小さな声で「一巻の最後で引いておいて、二巻の発売日がいつになるかわからないってどういうことですか。私だけイラストもありませんし……本当ならあとがきの後に描いてもらうはずだったのですが」とぶつぶつと何かよくわからないことをぶつぶつ言っている。本当によくわからないので、これは流してもいいと思う。というかこれこそ絶対に詳しく聞いてはいけないネタだ。いくら閑章だとしてもやりすぎだと思う。何か問題があれば、この数行はいつの間にか消去されているだろう。もしかしたら、この修学旅行編そのものがなかったことになっているかもしれない。
「えっと、毒性が増してるってこと?」
「そうですね。あなたも毒に対する耐性が増しているのでしょう。このままあと三十年も食べ続けたら、完全に薬なく彼女の料理を食べられるようになりますよ」
そうか、30年か……30年も食べ続けたら……いや、あと3年くらいで俺は死ぬ。
「ところで、いいんですか?」
「いいって、何が?」
「その、お魚パン、釣り糸を溶かして逃げ出しましたよ」
「え?」
俺は空を見ると、糸を溶かして逃げ出したたい焼きが空を悠々と舞っていた。
「チョコレートと飴細工……ふたつの共通点はよく溶けるってことね」
「うまい事いってるんじゃねぇ! 会場の外に逃げ出しちまったじゃないかっ! 追いかけるぞっ!」
このままでは大きな被害者が出る。そう思った俺は逃げ出したたい焼きを追って会場を飛び出した。
その結果、俺は試合放棄とみなされ失格。ルシルも採点対象のたい焼きが逃げ出したので失格となり――
※※※
「ふっ、私が優勝するのは当然のことですよ」
マロモブが優勝した。
ちなみに、キャンディは二位だった。芸術点ではマロモブを大きく引き離していたけれど、料理の点数で逆転されたようだ。
その後、表彰式の時に逃げ出したたい焼きがマロモブの口の中に突撃したりしたが、その結果が変わることはなく――




