飴細工売りの少女
時間は三十分ほど遡る。
俺がへばっている間に、マルジュたちは町の中の観光を行っていたそうだ。
夕方の四時。集合時間の五時まで一時間しかなかったので、カリエルナの提案により全員での行動になった。
もちろん、夕食は宿で用意しているので、お腹に溜るものは食べることはできないし、男子生徒の何人かはすでに女子生徒に貢ぎ過ぎて破産寸前のため高い物も食べられない。
「わぁ、綺麗! 見て、飴細工だって」
誰かが言った。誰が言ったのかはマルジュも覚えていないが、そこにあったのは、飴をガラスのように加工して売っている露店だった。
ショーウィンドウに並ぶガラス細工に女子生徒は一瞬で魅了された。
ユニコーン、魚、花の上にとまる蝶といった様々な飴細工。
ひとつひとつはだいたい銅貨十枚と、飴としては高いけれど、芸術品としては安い。
男子生徒はまた奢らされるんじゃないかと冷や汗が出て来たけれど、
「マルジュ、食べましょ。さっきブローチ買ってくれたお礼にひとつ買うわよ」
「本当か、いいんちょ。じゃあ、俺はこの登り竜の奴がいいな」
その会話を聞いていた女子生徒は、さすがに奢らせてばかりだと悪いと思ったのか、それぞれパートナーだった男子生徒にお礼とばかりに奢ってあげ、パートナーのいない生徒もまた自分のお金で飴細工をした。
そして、マルジュは気付いた。店の人がいないことに。
「すみません、誰かいませんか?」
カリエルナが尋ねた。しかし返事はない。
返事の代わりに、奥から声が聞こえて来た。
「お願いです! それを持って行かないでください!」
その声に全員が動いた。
そこで行われていたのは、工具を箱に詰めている男たちと、男の作業をとめようとする自分達と同じくらいの年齢の短髪エプロン姿の少女だった。
「うるさい、もういい加減に諦めろ。借金の期日は明日までなんだが、用意できないだろ。来月にはここはレストランになるんだ。ここの道具は全部売って返済金に当てさせてもらう」
誰もが事情を呑み込んだそうだ。ここで行われているのは借金取りの光景なのだと。
「あ……あの……」
「なんだ、客か。客なら金を置いてとっとと帰りな!」
男が叫ぶと、皆は驚き、顔を見合わせ、お金を置いて去ろうとした。
だが、ひとり前に出た生徒がいた。
ヨハンだ。
「コースフィールド、営業法第七十六条を知ってる?」
「あん? 何を言ってるんだ?」
「営業時間が十二時間以内の店の場合、営業時間中に借金の取り立てを行ってはいけないって法律だよ」
「あぁん、そんなの関係あるか――こっちは金を貸して――」
「それに従わない場合、借金の契約そのものを無効にできるって法律もあるんだけど、いいの? あなたたちが金を貸している会社の社長なら別にいいんだけど、ここで上の許可なく作業を続けて借金が無効になったら、店の立ち退きもできなくなるよ」
「てめぇ、何を言いやがる!」
怒鳴りつける男に対し、さらにヨハンは続けた。
「これ以上大きな声を出したら、脅迫罪も加わるよ。大人しく帰ったほうがいいんじゃない? その契約だと、明日になったら強制執行できるんでしょ?」
「……ちっ」
男たちは舌打ちすると、置いている箱を蹴飛ばそうとし――何もせずに去っていった。
※※※
「ヨハン、やるな。さすがは中等部。もうそこまでこの国の法律を覚えたのか」
「ううん、全部嘘八百みたい。そういう法律がある可能性が高いから、はったりで言ったんだって」
「……流石は女湯の覗きの実行犯だな。度胸があるというか、なんというか」
俺は褒めていいのかどうか微妙だなと思った。
今回は相手が下っ端だったからか、上手くいったようだけれど、プロの金貸しは自分たちに関わる法律は熟知しているからな。
もしもそういう法律が実在しなかった場合、すぐに借金取りは戻ってくるかもしれない。
マルジュはさらに話を続けた。
「それで、話を聞いたら案の定、少女は借金をしていて、なんとかしたいって思ったわけか」
「うん、借金金貨九枚。こーちょー先生ならなんとでもなるでしょ?」
「なんとでもなるといえば、なんとでもなるんだが……」
フリーマーケットに関しては俺は倉庫として借りただけで、別にメイベルの借金を返済したわけではないし、孤児院に関してはコメットちゃんが育った場所であったし、もろもろの事情もあって借金の返済をした。クリスの実家は、まぁクリスとの個人的な付き合いで金を貸してやった……というより、クリスの借金がどこまで増えるかと遊びたくなった。
でも、今回は事情は異なる。俺は確かに金持ちだし、金貨九枚程度なら、三分もあれば稼ぎ出すことはできるけれど、でも誰でも助けるというわけにはいかない。そんな噂が広まれば俺は金をばらまく変な人になってしまう。
仮にその金貸しが悪人だとするのなら、勧善懲悪的な仕事はしてみたいけれど。
「とりあえず、その飴細工の店に行ってみるか」




