コメットの強欲
修学旅行3日目。今日の午後12時で、修学旅行も折り返し地点となる。
午前中は自由時間であり、皆、竜車に荷物を預け、思い思いに散策している。主に昨日成立したカップル同士で。
ヨハンは反省文を書くため、自主的に地竜の上のテーブルに居残っている。別に反省文を書くのは修学旅行が終わってからでもいいと言ったのだが、
「今書かないといけないと思う」
と言って、もくもくと反省文を書いていた。そして、彼の手には、どこで買ったのか、この国の法律の本が握られていた。
「コーマ様、昨日ヨハンさんになさった話、この国で実際にあったことなんですよね。実際はもっと酷かったそうですけど」
「コメットちゃんも知っていたのか?」
「私も奴隷でしたから、そういう話は聞かされていました」
今からたった三年も前の話だ。
とある国の貴族の息子が夜中に目を覚まし、興味本位で女風呂に堂々と入った。そこにいたのは一番最後に風呂に入っていた奴隷の女の子で、彼女は驚きのあまり持っていた金属製の垢すりを投げてしまった。
貴族は大激怒し、宿はその貴族への謝罪のため多額の賠償金を支払っただけでなく、貴族を傷つけた奴隷を殺したという。
それによって貴族の怒りもおさまり、何事もなく、その宿はこの町で一番の宿として賑わっている。
もちろん、その宿は、俺が泊まっていた宿ではない。
『殺されはしてないよ。そこまで非人道な宿ならお前たちを泊めたりしない』
昨日、ヨハンに言ったセリフ。これは俺の嘘偽りない思いだった。
「それを思い出すと、今でも私がいたのがラビスシティーでよかったと……コーマ様に買われてよかったと思います」
「そうか。まぁ、コメットちゃんを買ったのは俺じゃなくてメイベルだけどね」
「それでも、コーマ様には常に感謝しています。その思いは、コメットが死に、グーとひとつになった今でも変わりません」
「そう言ってくれると嬉しいよ。そうだ、コメットちゃん、時間までいっしょにぶらつこうか」
「はい」
太陽のような笑顔を浮かべるコメットちゃんを見て、本当に近いうちに腹をくくらないといけないなと思った。
そのあと、俺たちは市場を見て回ることにした。
市場というと、多くの町ではとれたばかりの野菜や魚といった食品や、行商人が持ち込んだ、この町では手に入りにくい物を売ったりしているのだが、この町は観光の町ということもあり、お土産になりそうなものが多い。
特に多いのは硝子細工だ。
「……安いな。銀貨2枚か」
「えっと、お土産としては普通に高価ですよ」
「あ……そうだった」
最近、金貨での売買が基本で忘れていたが、銀貨2枚って、日本円だと2万円くらいの価値はあるんだった。
かなり金銭感覚が崩壊している。
そうみてみると、観光名所相場なのか、土産物が全て高く思える。
……やばい、失敗したな。
昨日カップルを作ったせいで、今、男女のペアで買い物を楽しんでいる。
そして、この世界でも、男性が女性にプレゼントをするのが通常だ。
……うちの男子生徒、尻の毛まで毟り取られていないといいんだが。
「コーマ様、見てください。綺麗な服を売っていますよ。どこかの民族衣装でしょうか?」
「ん? おぉ、これは――」
浴衣じゃないか!?
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ユカタ【衣服】 レア:★★
カリアナの民族衣装で、本来は湯あみ着、寝間着として使われる。
綺麗な柄であることから、外出着として使われることもある。
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俺はコメットちゃんに服の説明をした。
すると、コメットちゃんは、
「それじゃあ、これがコーマ様の故郷の服なんですか?」
「あぁ。まぁ、普段から着る服ではないけれど、祭りの日とかは女の子がよく着ていたよ」
この世界に来てからも文化を残してくれていたカリアナの皆には感謝しないといけないな。
こういう時に本当に助けられる。
もっとも、この世界風に浴衣の柄も変わっていて、剣や盾の柄の浴衣や、ドラゴンの柄の浴衣まで存在する。
「俺はこのドラゴン柄の浴衣を買おうかな」
「コーマ様ならお似合いだと思いますよ」
「コメットちゃんはどれにする?」
「え?」
コメットちゃんが尋ね返した。
「何か買ってあげるよ。きっとコメットちゃんも似合うと思うし」
「よろしいのですか? 少しお高いですけれど」
「コメットちゃんのそういうところは美徳だけど、こういう時は素直に甘えて欲しいな」
「で、ではこちらの赤い魚の柄の浴衣を」
「あぁ、金魚の浴衣ね」
青を基調として、赤色の金魚が泳いでいる感じの浴衣だ。気泡のような模様が綺麗だな。
「キンギョって名前なんですか、この魚」
「そう。俺の故郷で、観賞用の魚としてもっともポピュラーな魚だよ」
そう言えば、俺がこの世界に来る前にいた琵琶湖で、巨大な金魚が釣れたという話題もあったっけ。
なんて思いながら、俺は浴衣を購入した。
「コーマ様、ありがとうございます」
「うん、喜んでもらえてうれしいよ」
コメットちゃんの笑顔を見て、俺は素直にうれしいと思った。
「そうだ、一応ルシルの分とメイベルたちの分、メディナの分も買っておくか。クリス……はいらないな。男どもの分は買わないとして――」
俺はみんなの分の浴衣を適当に選んでそれらを購入していく。
「あ、マユの分忘れてた。コメットちゃん、マユの分はどれがいいと思う?」
「…………そうですね、マユ様ならこの白い浴衣がいいと思います」
「あぁ、確かに……コメットちゃん?」
「すみません、目にゴミが入ってしまって」
コメットちゃん、笑いながら泣いていた。
……どうして?
「コーマ様、ダメですよ、クリス様だけのけものにしたら。きっちり買わないと。それに、ルシル様に金色の浴衣は似合いません。ルシル様が好きなのは黒ですから、こちらのほうが――」
「あ、うん。そうだね」
涙を拭い、コメットちゃんはクリスに合う着物を選んでくれた。
そして、もうすぐ集合の時間になるので、俺たちは店を出た。
「あぁ、悪い、ちょっとトイレに行ってくるからちょっと待っててもらっていいかな?」
「はい、お待ちしております」
その時、コメットちゃんはいつもの彼女に戻っているようにも思えた。
※※※
コーマ様がトイレに向かわれ、ひとりになった私は、さっきの自分を恥じました。
コーマ様にユカタという服を買ってもらったその時、一瞬だけ私はコーマ様にとって特別な自分になれた、そんな錯覚を感じたのです。
でも、それは儚く散りました。コーマ様はとてもお優しいです。
私だけではなく、ルシル様やマユ様、メディナさん、フリーマーケットのみんなの分まで買っています。
コーマ様にとって、私は、大切な人たちのひとりに過ぎないのだと思いました。
いまはそれで十分だと思っていましたし、もしもこのまま終わったとしても幸せだと思っていたのに。
コーマ様の傍にいることだけを望んだコメット。コーマ様と話すことだけを望んだグー。
ふたりが一緒になった私は、コーマ様と共にあるだけで幸せのはずなのに。
「……強欲……すぎますよね」
特に、コメットとしての私はこうして生きているだけでも奇跡だというのに。
このままではいけません。
笑顔がぎこちないとコーマ様に気付かれてしまいます。
私は自分の頬をぐりぐりとこねて、頬の筋肉をほぐそうとしました。自然に笑えるように。
いつもの私でいられるように。
「それ、なんの体操?」
「え? あ、すみません、コーマ様。全然気付かなくて」
コーマ様が目の前にいたことに気付き、私は慌てて頭を下げた。
あぁ、これもいつもの私らしくない……そんなことを思いながら。
「そんなに謝らなくても。そうだ、コメットちゃん、これ見てよ」
「はい」
私が顔を上げると、そこにあったのは鏡でした。
目が赤く腫れていて、いつもの私ではありません。
「コーマ様、すみません。ちょっと目がまだ腫れていて」
「いや、そこじゃなくて、髪、髪」
「髪?」
髪と言われ、私は鏡の向こうの自分の髪を見ました。
そして、そこには――造花のついた髪飾りが。
「簪っていう俺の国の髪飾りでね、浴衣によく合うんだよ。一緒に浴衣を選んでもらったから、コメットちゃんだけ特別ね」
「……ありがとうございます……コーマ様、ありがとうございます」
私は胸に手を当てて、謝罪しました。
もう少し強欲でいることを許してください。
その謝罪が誰に向けられたものなのか? それは私にもわかりませんでした。




