聖戦の種火
大量に余っているエリクシールで男子生徒の脱水症状を含めた熱中症を治療した俺は、彼らにネタ晴らしをした。
「ということで、この時間は最初から水着のレクリエーション大会の予定だったんだ」
男子生徒からの冷たい視線と、一部怨嗟の声を聞きながら、俺は皆に説明した。
絶対にこういう覗きイベントは修学旅行では必須だからな。俺の目の届かない場所で事件が起こらないように、仮にヨハンが行動を起こさなくても、俺からこの事件に起こす予定だった。そして、一部の鬱憤を発散させることにより、事件を起こさせないつもりだったのだ。
「女子風呂の覗きは基本、どの国でも犯罪だぞ。この国では覗きは罰金銀貨12枚以上、もしくは禁固1カ月以上って決まっている。うちの学校でも覗き行為が判明した場合は最低停学一週間だからな。次はこんなバカなことをするんじゃないぞ……聞いてるか? ちゃんとこれは聞けよ」
男子生徒はもう半分以上、俺の話を聞いていなかった。
ガン見こそしていないが、チラチラと女子生徒を見ている。
この世界では、グラビアモデルの写真集なんてものはない。プールの合同授業もないし、裸ではなくても水着だけでも十分に刺激が強いのだ。
「……なぁ、ミライアってあんなに胸がでかかったっけ?」
「……着やせするタイプみたいだな」
「ふっ、バカな奴だな。胸の大きさばかりに目が行くとは愚かだぞ。貧乳はステータスという言葉を知らないのか」
「お前の趣味は聞いてねぇ」
そして、実はバカなのは男子生徒だけではない。
女子生徒たちもまた、男子生徒の方を見て何やら話しているがここからは聞こえてこない。
「あぁ、わかった。じゃあレクリエーション開始前に質問だ。覗きは合法か? 犯罪か?」
『犯罪です!』
「二度と覗きはしないか?」
『神に誓って!』
「よし、勝手にしろ」
俺は頭をかいて勝手にしろと言い放つ。
動けずにいた男子生徒を引っ張ったのは、女子生徒だった。
俺は風呂椅子に座り、青春だねぇ、と親父臭いことを言った。
「コーマ様、お背中をお流ししましょうか?」
「ん、あぁ、コメットちゃん……あ、その水着」
「はい、コーマ様に以前作っていただいた水着です」
蒼の迷宮の最下層で海水浴を楽しんだ時、俺はルシルとコメットちゃん、タラの水着も用意した。
あの時にコメットちゃんが着ていた水着と同じものだ。
「でも、なんで? 水着ならいろいろと用意してただろ?」
水着には流行というものがあり、アークラーンに存在する唯一の水着ショップでも今年の流行などがある。
あらかじめ調査をしていた俺は、コメットちゃん用に流行の水着をはじめ、多種多様の水着を用意した。
「いろいろと理由はありますが、一番はコーマ様に私の成長を見ていただきたかったからです」
「成長?」
俺は首を傾げ、思わず顔をそむけた。
「あ、気付いてくださいました?」
「えっと、うん。まぁ」
コメットちゃんの水着姿を見るのは一年ぶり。そして、俺は成長という言葉を聞いて、すぐにそれに気付いた。
コメットちゃんの胸……明らかに成長していた。普段着ではわからないが、水着だとそれがよくわかる。
「これからまだまだ成長しますからね」
「……えっと、その、ありがとうございます」
思わず頭を下げてしまった。
そして、コメットちゃんがタオルに石鹸を擦りつけ、俺の背中を擦ってくれる。
とても気持ちいい。
「あ……あの……」
俺とコメットちゃんがふたりでいるところで、話しかけてきたのは委員長、カリエルナだった。
振り向くと、カリエルナは一番色気のない、だが、マニアにはたまらないスクール水着を着て立っていた。
眼鏡をかけていないので視界があまり定まっていないようで目を細めている。三つ編みを下ろしている姿は新鮮だ。
「どうした? 委員長」
「あの、マルジュはいないんですか? 眼鏡をしていなくてあまり見えなくて」
「あ……マルジュは今回の計画を成功させるために、囮役を買って出たんだ」
俺は言った。
「マルジュは俺と同じことを考えていたんだよ」
「祭り騒ぎを楽しむってことですか?」
「違う違う、覗きを阻止したいってことだよ。あいつは最初からヨハンたちに近付き、覗きが行われるかどうかを調べ、もしも覗きが行われるようなら、それこそ先生に告発して、覗きを止めようとしたんだ」
だからこそ、あいつは一番うまみのない囮役となった。
「そうなんですか。ちょっと意外でしたね」
「確かに意外だったよな。だって、マルジュの奴――」
『その……こーちょー先生だって、コメットの裸を見られたくないだろ? 大事に思ってるんだから。俺だって、いいんちょの裸を他の誰にも見られたくないよ。それが好きってことじゃないの?』
「って言ってたんだ。あれ? どうした? 委員長、顔が赤いぞ。もうのぼせたのか?」
「え、いえ……あ、そうです。少しのぼせてしまったみたいで」
「そうか。悪いが、マルジュの奴、今頃、まだ先生相手に時間稼ぎしていると思うから、悪いが風呂から出たらこれでふたりでジュースでも飲んでいてくれ。どうせ退屈してるだろうから」
俺は常に肌身離さずに持ち歩いているアイテムバッグから銅貨の10枚束をカリエルナに渡すと、彼女は頭を下げて風呂場から去っていった。
「コーマ様ってお優しいですね」
「まぁ、マルジュと委員長とはそれなりに縁があるからな」
「コーマ様も私の裸は誰にも見られたくありませんか?」
「当たり前だろ?」
「それなら、コーマ様は私の裸を見たいですか?」
コメットちゃんからの今までにない質問に、俺の胸がどきっとなった。
裸を見たいかどうかで聞かれたら、当然見たい。見てみたい。凝視したい。
だが、コメットちゃんの裸を見たいかどうか。その答えは、答え次第では、俺が今まで先延ばしにしていた、いや、コメットちゃんに甘えて答えを出さなかった彼女への気持ちの答えになる。
俺が言い澱んだのはわずか数秒だった。
答えが出たのではない。
「いつか、この返事も聞かせてくださいね」
「う……うん、ありがとう」
またコメットちゃんに甘えさせてもらったのだ。情けない。
でも、ルシルへの気持ちもまだ完全には整理できていない今の状態で、コメットちゃんに対してどうこうってできない。
そして、俺は視線を移すと、生徒たちはすでに女子生徒と歓談していた。
すでに男女のペアもできあがっているな。
「コーマ様の計画、うまくいったみたいですね」
「うちの学校、共学の癖に驚くほど男女のカップル率が低いからな。やっぱり青春といえば、学園ラブコメだろ」
「これで覗きの心配ももう大丈夫そうですね」
コメットちゃんが楽観的なことを言うが……多分そうはいかないんだろうな。
男女が仲良く歓談している中、ひとり浮いているヨハンを見て、俺はそう思った。
あいつの中の覗きへの種火はまだ消えていない……いや、むしろ膨れ上がっている。
そんな気がした。
聖戦のお話はあと1話で終わります。
ヨハンには多分、一番きつい罰が降ります。




