聖戦の参加表明
ユールライン亭。
数百年前にこの地方を訪れたユールライン侯爵が、一度入った温泉にやみつきになり、三年もの長い間逗留した結果、その国の王が怒り、領主を罷免したという話を元にその名が付けられたそうなのだが、そのユールラインがどこの国の侯爵なのか、そもそもそんな人間が本当にいたのかは定かではない。
楊貴妃が世界三大美女に上げられるくらい美しいと言われたのは、その美しさが国を傾けたという実績を持つからだ。
だから、このセイオンの町もそういう実績が欲しかったんだろうな。領主をダメにするほどに気持ちのいい温泉と。
温泉レビューサイトもなければ、テレビCMもないこの時代。広告法と言えば口コミがメインとなる。
となれば、思わず話したくなるような話――こういうちょっと笑える話が行商人の間の口コミになったり、吟遊詩人が歌にしたりする。
その伝承が本当かどうかなんて二の次三の次ってわけか。
温泉宿だが、和風旅館とはいかない。石造りの宿だ。
今日の昼から明日の午前までは、俺たち、スウィートポテト学園の貸し切りとなっている。30人は泊まれる宿なので、貸切る必要は本来はないんだけれど、この宿だけはいろいろな想定の元、貸し切りという措置を取らせてもらった。
部屋は男子は九人が大部屋、女子は四人部屋と二人部屋に別れていて、コメットちゃんとカリエルナは二人部屋のはずだ。
そして、九人部屋の中。
俺たちが荷物を置く中、さっきから何かを企んでいそうな四人が入口を封鎖して宣言した。
「聞け、諸君!
中央にいる小太りの男が叫んだ。
小太りの14歳、ヨハン。肉屋の三男で、最初は養豚王とコネがある俺に取り入ろうと親が入学させたのだが、今は学校で鶏に毎日大きな卵を産ませる方法について独自の研究をしているらしい。
学校では比較的地味なその生徒が、この場で大きく前に出る。
「これより我等が行うは聖戦。我等が望むのは真の同士である」
「おい、カッコつけられていないぞ。いきなり本性が出ている」
俺がヤジを飛ばすと、ヨハンはこちらを向き、
「黙れ。たとえ校長だろうと、貴様は今は生徒の身。我等と身分は変わらぬ。いいか、我等の同士になれとは言わん。だが、邪魔だけはするな。我等とともに行動する者は立つんだ」
ヨハンの声に真っ先に反応したのは、マルジュだった。
それを見て、ヨハンは意外そうな声をあげた。
「意外だな。マルジュは我等の中で唯一、パートナーがいる身。てっきり真っ先に反対すると思っていた。いいのか? 愛する彼女の裸体が我等の眼の前に晒されることになるのだぞ」
「面白そうだし、それに、この計画は最初から失敗はないんだよ」
マルジュは笑いながら言って俺を見た。
「臨時生徒とはいえ、学校の代表である校長先生がこの場にいる以上、俺たちがのぞきを断行しても、学校側は問題にできない。校長先生がこの場で反対しない限り」
いつもは「こーちょー先生」と呼ぶマルジュが俺のことを「校長先生」と呼ぶ。彼の目はマジだった。本気でこの祭りに参加するつもりのようだ。
――いや、違う。
マルジュの声、つまりは「問題にならない」という声にのせられ、残り四人がおもむろに立ち上がっていく。
「……マルジュ、お前最初からそっち側の人間だったのか」
「たまには本気で遊ばないと体が鈍るからね」
……参加人数は八人。つまり俺以外全員が立ち上がったことになる。
やれやれ、想定の範囲内とはいえ、バカばかりだな、この学校は。俺が校長をやっているからこうなるんだ。はやくカリエルナに校長の座を譲らないといけない。
「問題にはならないとはいえ、バセロナードに知られたら最悪、自由時間はずっと正座させられるかもしれないぞ。あいつ、俺に対しても容赦ないからな」
俺はそう言って、立ち上がった。
その俺の言動を見て、全員が俺を温かい目で見る。
「ふっ、お前ならそう言ってくれると思っていたぜ」
ヨハンが言った。
本来なら、
「お前は俺の何を知っているんだ」
と言うべきなんだが、俺もこういう流れには弱い。
「バカ野郎、お前等が失敗したら誰が責任を負うっていうんだ。100%成功するには俺が必要だろ」
と言って、俺は宿の見取り図を広げたのだった。
一番用意周到だったのはコーマだったという。
のぞきは犯罪です。学生でも犯罪です。
冗談では済まされません。




