修学旅行一日目、リーリウム王国(その2)
皆には黙っておくように言って、俺は酒場のマスターと森の憩い亭へと向かった。これ以上近付いたらかみさんにどやされると言って途中でマスターが止まり、俺がひとりで宿屋だったはずの場所にいく。
……おかしい、一昨日まではたしかに森の憩い亭という、森に溶け込んだ小動物がやってきそうな可愛らしい外観の宿屋だったはずなのに。
「お兄さんお兄さん、一晩どう? 安くしておくよ」
そう呼び込みをされた。
「いや、間に合ってるんで」
と言って、俺は踵を返し、酒場のマスターが待っている場所に戻る。
「なんで森の憩い亭が大人の憩い場になってるんだよ! 娼館なんかで一泊できるわけないだろ!」
「俺が知るか! ただ、聞いたところによると、あそこの主人、結構借金で苦しんでいたらしいからな。娼館ができる手際のよさをみると、もう宿屋の引き渡しは決まっていたんじゃないのか? そこにお前さんがお金を渡したけれど、今更借金を返したところで娼館開店の準備を済ませている金貸しが黙って受け入れてくれるわけがないから、金を持ち逃げしたんだろ」
「……その推理力は感服した……なぁ、酒場って確か酔っぱらって倒れた客とかが休む部屋があったよな」
「そこに生徒を泊めろっていうのか? 無理に決まってるだろ、何人いるんだよ」
「大丈夫、たったの15人だ」
「大丈夫じゃねぇよ! だいたい、うちは宿泊施設じゃないんだから、客を泊まらせたらダメなんだよ。普通に宿屋を今から探せよ」
「残念だけど、全員泊まれるような宿はないよ……仕方ない、ちょっと知り合いに頼むか。マスター、悪いがあと五時間くらい町の中を案内してくれ。どうせ酒場は夜からだろ? 荷物も酒場の中に置かせてくれよ」
「その程度はいいが……大丈夫なのか?」
「あぁ、あそこなら空き室はあるし、きっと受け入れてくれるだろう」
※※※
「というわけで、15人、一晩泊めてくれ。元々お前の国の国民の不手際なんだからな」
リーリウム王国王城に訪れた俺は、女王のリーリエに対してそう言った。
「……ふざけてるの? クリスお姉さまの頼みならばまだしも、なんであなたの言うことを聞かないといけないのよ」
コメカミあたりをピクピクさせて、リーリエは言った。
ユグドラシル効果で財政は潤っているはずなのにケチな女王だ。
と、俺は通信イヤリングを外し、言い方を変えることにした。
「クリスと話すことができる通信イヤリングをやるから15人泊め――」
「イシズ! 国賓待遇で15人の接待を頼むわ」
「かしこまりました」
リーリエの横にいた、メイド服姿のイシズさんが恭しく頭を下げ、他の近衛兵たちに指示を出す。
どうも意図的に人を遠ざけようとしているみたいだ。
そして、俺たち三人になったところで、イシズさんは俺を見た。
「まさか、コーマ様も魔王だったとは気付きませんでした」
イシズがそう言った。
そうか、俺が魔王であることをこいつらは知っているのか。
「お姉さまはこのことを知っているのかしら?」
俺が投げた通信イヤリングを受け取ったリーリエは、それを見詰めながら俺に尋ねた。
「あぁ、ゴブリン王の騒動があっただろ? あの時に全部話したよ。俺は俺なんだとさ」
「そう……お姉さまがそう言うのなら、私も特に言うことはないわ。貴方も知っている通り、この国は古来より魔王ブックメーカーとともにあるし。もちろん、あなたが知っている情報は全てここで話してもらうわよ」
「全部、というわけにはいかないけれど、話せることは話してやるよ」
「全く、ブックメーカーの情報に対価が必要なければあなたと話す必要なんてないのに」
「……今なんて言った?」
ブックメーカーの情報に対価が必要?
それって、裏を返せば、対価を支払えばブックメーカーから情報が得られるってことか?
全能ではないが、全知ではあるブックメーカーからの情報が。
「今のは失言よ、忘れなさい。情報を渡すのはあなただってことを忘れて貰ったらこまるわ」
例えば、ルシルやゴブカリに関しては話せない。
ユーリもルシルに関してどこまで知っているのかはわからないからな。あと、俺の能力についても伏しておく。俺が異世界人だということも内緒にしておくか。そう思うと、本当に俺が話せる内容は少ないな。
とりあえず、俺の配下には魔王であるマネットとマユがいることくらいから話すか。これはユーリにも知られているからな。
「それにしても意外に仕事熱心なんだな。てっきり通信イヤリングを手にしたら、全ての執務を投げ出してクリスと話すのではないかと思ったんだが」
「…………そうね、早くお姉さまに話したいから、手早く話しなさい」
「……わかったよ。えっと、まず……」
俺は当たり障りないことから話した。
もともとはただの人間だったこと。未発見の迷宮の最奥でアイテムに封じ込められた魔王の力を取り込んでしまったこと。意識は割と人間に近いことなどを告げた。
あと、知っているとは思うが、サイルマル王国の国王がベリアルらしいということと、ベリアルの影についても話しておいた。
「その程度の情報……聞くだけ時間の無駄だったわね」
「そう思うなら早くクリスと話してこいよ。愛しのクリスお姉さまと」
「……そうね。言われなくてもそうするわ。イシズ、あとは任せたわよ」
リーリエはそう言うと、通信イヤリングを握りしめて謁見の間を去った。




