修学旅行一日目、リーリウム王国(その1)
「楽しくない……修学旅行楽しくない」
俺はいきなりダウンしていた。
アークラーンの地下の転移陣から、カリアナへ移動した。
そこまでは楽しかったのに。
「コーマ様、お水をどうぞ」
「ありがとう、コメット……でも、悪い。今、何も胃の中に入れたくない」
ひどく揺れる馬車。俺は今、馬車酔いに悩まされていた。
自分で作った行程なのに、すっかり俺の馬車酔い体質を忘れていた。酔い止めの薬は何種類か作ったのに全然効かない。
「だらしないなぁ、コーチョー先生は」
「うるさい、何もしゃべるな、動くな、息するな。俺は今、僅かの震動が……うぇっぷ」
自分の声による空気の振動が俺の三半規管を刺激する。いや、この場合は空気の振動ではなく、喉の震動かもしれない。
「校長先生。こういう時は進行方向の空を見ていたほうがいいですよ。下を向いたら余計に気持ち悪くなる」
「悪い、次期校長……それは知ってるんだが……今は顔を上げるのが辛い」
「それは重症ですね……って、次期校長って呼び方やめてください。今までみたいに委員長でいいですから」
だから俺は言ったんだ。走らせてくれって。
足で走っても馬車に十分ついていけるからって。なんなら馬車を先導してやるって言ったのに。
バセロナードめ、学生たるもの集団行動を大事にしなさいなんて言いやがって。
短い正論ほど反論できない。
「それにしても豪華だなぁ。班ごとに馬車を用意してくれるなんて」
「……金に糸目をつけてないからな。来年からはこんな風にはいかないと思うぞ」
あぁ、吐きたくなってきた。
もしも72財宝を集めた時、どんな願い事でも叶えてくれるような奇跡が起きるんだとしたら、俺は馬車酔いしないような鉄の三半規管を望むね。
アクロバティック飛行にも耐えられるような三半規管を。
※※※
カリアナはリーリウム王国の属国だったという歴史がある。というより、リーリウム王の領土内にカリアナの隠里があり、それが発見されてからカリアナはリーリウム王国の領土になった。国として認められたのはさらに先であり、属国の立場から独立したのはつい最近のことだ。
いろいろと政治的に厄介なことがあったが、それもなんとか解決した。
今日はリーリウムの王都で一泊することになった。
コメットちゃんの肩に支えられ、俺は馬車から降りた。
気持ち悪い。このまま宿に行ってベッドで寝たい。硬いベッドで横になりたい。
馬車から降りたマルジュとカリエルナ、他の馬車に乗っていた生徒たちも降りてきて、あたりをみまわしていた。
完全に観光客気分だな。学習するという意欲はあまり感じられない。
一人を除き。
「そういえば、アークラーンの国土の七割は草原と平原ですけど、山間部は結構木々が生い茂っているんですよね。町をぱっと見た感じ、木工細工の技術はアークラーンよりもはるかに発達しているようですし、新たな産業を興すきっかけになるかもしれません」
カリエルナは本当にマジメだな。
声が漏れているのは、クセだろうか?
この考察力はメイベルと気が合うんじゃないだろうか? 年齢も近いし。
俺がそう思っていたら、近付いてくる
「おぉ、やっぱりコーマじゃねぇか」
「……誰?」
知らないおっちゃんが声をかけてきた。
「お前、俺のこと忘れたのか。酒屋のマスターだよ」
「いや、悪い。俺、酒飲めないんで。誰かと勘違いしてないか?」
「じゃあ、お前はコーマじゃないのか?」
「……あれ?」
そう言えば、なんでこの知らないおっちゃんは俺の名前を知ってるんだ?
そう思っていたら、酒場のマスターの声に誘われて、
「ん? おぉ、コーマだ」
「本当だ、また宴会してくれるのか?」
「ザンギ、ザンギ食わせろ」
……はて。
何故か国中の人が俺のことを知っているような雰囲気だが。
ここの宿の手配はサクヤに任せたので、この国に来たのは前にリーリエ女王に手紙を届けにきたとき。
「あぁ、そうかそうか、思い出した。そう言えばここで美食大会みたいなのをしたんだった」
あの時現れたベリアル……の影や、エントとの戦いが印象的すぎてすっかり忘れていた。
えっと、1000人規模くらいの食事会だったよな。
「悪いが、俺、今日は学校の旅行なんだよ」
「学校? コーマ、お前学校なんて行ってるのかよ」
「うるせぇ、いいだろ。俺、まだ17歳なんだよ。だから酒なんて飲ますんじゃないぞ」
俺は頭をかきながら、マルジュたちのいるところに戻った。
「コーチョー先生、どこでも同じようなことやってるんだね」
「そう言えば、マルジュと出会ったのも炊き出しをしている時だったな」
「うん、コーチョー先生の豚汁、めっちゃ旨かったよ。また作ってくれよな」
「ん? あぁ、いろいろと作ってやるよ。これからいくコースフィールドには美食の町があるから、そっちで旨い物腹いっぱい食べられるけど」
「え? マジ?」
「お前、しおり読んでないのか?」
「だって、何も知らずに行った方が楽しいじゃん」
こいつ、ひとりミステリーツアーをやってるのか。
「ところで、コーマ、どこに泊まるんだ? あとで差し入れ持って行ってやるぞ」
「森の憩い亭だよ。一昨日予約した」
俺が言うと、集まった男たちは急に下を向いて黙った。
え? なんだ? 何があった?
「コーマ、ちょっと言いにくいんだが――」
俺は男に手招きで呼び寄せられた。
そして――耳元で告げられた。
「……森の憩い亭、店主が昨日、夜逃げしたぞ」
「……え?」
……マジですか。




