二週間限定の臨時生徒
「コーチョー先生、なんでここにいるの?」
マルジュが俺に尋ねた。
俺は今、学生服を身に纏い、かつて俺が一時間だけ在籍した教室の椅子に座っている。
「今日から二週間、俺はここの臨時生徒になった。いいだろ? このクラスの最年長は18歳だろ? 俺のほうが年下じゃないか」
俺は一番前の席に座る男子生徒を見た。もともと商家のひとり息子だったが、経営術を学ぶために入学したそうで、面白味はないが、真面目な生徒だった……と記憶している。他にも16、7歳くらいの年齢の生徒が多い。
マルジュがここでは幼過ぎる。
「サクヤ先生、怒ってましたよ」
そう言ったのはカリエルナ――委員長だ。三つ編み眼鏡が本当に委員長の空気だしてるぜ。
「なんて怒ってたんだ?」
「校長先生が仕事をしてくれないって」
「昨日は仕事したぞ。徹夜で32時間くらい」
「うへぇ、それって昨日じゃなくて一昨日の夜中からしてるじゃん」
だって、仕方ないじゃないか。仕事を仕上げないと修学旅行に行かせてくれないって言ってるんだから。
でも、おかげで修学旅行のしおりが完成した。ちなみに、保護者への根回しは全てサクヤが引き受けてくれた。
「貴様が仕事を頑張っているんだ。下の者が働かないわけにはいかないだろう」
と言って。あいつ、本当によくやるよな。
シルフィアの護衛であることを忘れているんじゃないだろうか?
「なぁ、カリエルナ。お前、暇なときアルバイトでもしないか?」
「アルバイト? 何をすれば?」
「サクヤの手伝い。えっと、時給銀貨1枚くらいで?」
「高すぎますよ! 一般所得の日給と同じじゃないですか!」
あぁ、そういえばそうだった。
あの校長の仕事が苦痛すぎてそのくらいの価値があると思ってしまった。
えっと、銅貨1枚が100円くらいだし、責任のある仕事だからな。
「銅貨13枚で?」
「それでも高いです。学生バイトなんですから、銅貨3枚で十分ですよ」
「それはダメだ! 東京の最低賃金を下回りすぎる」
「トーキョー?」
「銅貨10枚だ。それ以上は減らされん」
「コーチョー先生、それなら俺がするよ!」
「マルジュはダメだ。お前くらいの年齢になると別の法律にひっかかる」
正直、カリエルナでも微妙なくらいの年齢なんだし、彼女よりも年下のマルジュを雇えるわけがない。
というのは半分冗談で(この世界では労働基準法は存在しない)、単純に責任ある仕事をマルジュにさせられないと思っているだけだ。
もちろん、マルジュにそんなことを言えるわけがない。これがクリス相手だったら、必要以上にバカにしたうえで直接告げるんだろうけどな。
「ちぇ、いいじゃん、ケチ。コーチョー先生はそうやって金の力で女の子をはべらせてるんだろ」
「そんなことして――」
していないと言おうとしたが、メイベルたちとの出会いは、そう言えば金の力だったんだな。もちろん、それが全てではないが。
俺が言い澱んでいると、マルジュはもう飽きたのか、別の話題を切り出した。
「で、なんでコーチョー先生はここに来たんだ? つまらない授業を受けたいわけじゃないんだろ?」
「つまらない授業などというものではないよ、マルジュくん。勉学とは常に発見であり、発見は好ましいものなのだから」
いつの間にか教室に入ってきたバセロナードがマルジュに説教をした。
「ごめんなさい! それで、先生は何を持ってるの? まさかまた課題?」
「そうだな、勉学という意味では課題である。そこにいらっしゃるコーマ殿からの課題だ」
課題と聞いて嫌な顔をしたマルジュだが、俺からの課題と聞いて目を輝かせた。
さすがはマルジュ、よくわかっていやがる。
修学旅行の知らせ、という紙が回された。
「修学旅行って何をするんですか?」
生徒たちから声があがる。
「そうだな、これについては提案者であるコーマ殿から説明してもらいましょう。よろしいですか?」
「別にいいけど……先生。俺は今は臨時生徒なんだから、命令してもいいんですよ?」
と告げて立ち上がると、前に出て言った。
「修学旅行というのは、学校の中では学べないことについて、遠い地に赴き学を修める旅のことだ。例えばウィンドポーンに行けば、皆が食べている豚がどのように育てられているか、風の力で動く装置はどのように動いているのかを実際にそこで見ることにより、新たな学へと繋げることができる」
「その通りだ。コーマ殿は君たちに素晴らしき勉学の機会を――」
「というのは建前で、同じくらいの年齢の男女が観光地で楽しむ旅行だ! おいしい料理をたべて夜は枕投げ! 夜は男女別の部屋で寝るけれど、みんなで好きな女の子の名前を言い合ったりとかして青春の一ページを刻む! それが修学旅行の醍醐味だ! 候補地は五か所あげたが、どこも楽しめるのは俺が保証する! みんなで修学旅行を楽しもうぜっ!」
俺の提案に、マルジュが立ち上がって拍手をし、それに合わせるように生徒から歓声が沸いた。
それに対してバセロナードが「話が違います! これは尊い勉学のための旅行だと――」とか言っていたが、全部無視して生徒たちは旅行先をどこにするか話し始めた。
結果、行先はコースフィールドへの旅であり、明後日出発となった。
「よし、じゃあ俺は明後日の集合時間にもう一度来るから、ひとまず帰って旅行の準備を――」
「お待ちください、コーマ殿」
そう言って俺の腕をつかんだのはバセロナードだった。
「旅行の準備といっても、服装は学校指定のジャージと制服、下着類だけって書いていますよね、コーマ殿。あなたは臨時生徒なんですから、この二日間、学校の規律というものをきっちり学んでいただきます」
「えっと、バセロナード先生って俺のこと尊敬していなかったっけ?」
「ええ、今でも尊敬していますよ。だからこそ、尊敬し続けられるように、あなたを教育させていただきます」
「それって教育の押し付けじゃ……あの、俺、丸二日くらい寝ていなくてさすがに」
「安心してください、今日の授業は、あとたったの六時間ですから」
「……はい、先生」
目をギラギラさせるバセロナードに、俺は拒否することができなかった。
楽しい修学旅行の前に苦しい授業が待っています。




