きな臭さ全開の魚料理
~前回のあらすじ~
ルシルたちが転移してきた。
海賊から船を守った勇者として、私は島の領主の館へと案内された。
案内された部屋は食堂のようで、豪華な料理が並んでいた。
そういえば、朝ごはんを食べてから何も食べていなかったことを思い出し、お腹が軽くなる。
「はじめまして、領主のフリード・ガエンです」
恰幅のいい立派な髭の男が私に頭を下げる。
「あなたが勇者クリスティーナ様ですか。お話は伺いました。皆を救ってくださったこと、心より感謝いたします。いやぁ、部下から話は聞いていましたが、なんともお美しい。
この食事は貴女様のために用意させました。どうぞお召し上がりください」
「御心遣い感謝します。私はこのたび、地上、ラビスシティーの冒険者ギルドより命を受け、蒼の迷宮35階層における魔物の生体調査をするために参りました」
「ほう、魔物の調査ですか。あ、お座りください。食事をしながら話しましょう」
お言葉に甘えて、食事をいただくことにした。
海の町ということで、並んでいるのは魚料理が多いようだが、野菜の種類も豊富だ。
ナイフとフォークで魚の身を切り分けて口に運ぶ。
唐辛子の独特な辛味と香りが鼻を突き抜けたが、とても美味しい。
「野菜もこの島で取れたものなんですか?」
「ええ。島の北側に人工の浮島を用意してそこで栽培しています」
「浮島……ですか……」
「ええ。海から蒸発した水は35階層の天井まで到達し、真水となって落ちてきます。その落ちる場所というのが決まっているため、そこに浮島を作ることで、人の手入れの必要のない農園ができあがるのです」
風も雨も降らない上、気温の急激な変化もない迷宮の中で被害がでるといえば魔物によるものくらいだが、浮島には魔物除けの護符がつけられているとか。
ただし、数はそれほど多くはないので、野菜の値段はどうしても高く、代用食として海草が食べられているらしい。
「海の水が蒸発して……あれ? じゃあ34階層から水がこぼれて来てるじゃないですか。あの水はどうやって上に戻っているんですか?」
「わかりません。ですが、水位は30年前から変わっていないので、おそらく何か水の流れを保つ魔法道具か何かがあるのでしょう。もしかしたら、ここより下、36階層に水が流れて行っているのかもしれません」
「36階層ってあるんですか?」
「可能性だけですよ、可能性だけ。水深は一番深いところで3キロを超えていると言われています。誰も確認できませんよ」
「3キロ……ですか」
一瞬、コーマさんのエラ呼吸ポーションを飲めば確認できる距離ではないか?
と思いましたが、あの不味い薬はできれば二度と飲みたくはないのでその考えを打ち消した。
「ところで、魔物の話でしたな。この島そのものが眠っている魔物だというのはすでにご存知で?」
「え? そうなんですか!?」
全く気付きませんでした。
なんか海にしては海岸とかがない島だなぁとかは思っていましたが、ここが魔物の背中の上だなんて。
「大丈夫ですよ、我々の祖父の祖父のそのまた祖父の時代からもこの魔物が目を覚ますことはありません。むしろ、この魔物のおかげで他の魔物が近付かず、逆に小魚のほうが安全な場所を求めてこのあたりにやってきて、いつも豊漁。この島では、この島そのものが守り神のようなものなのです」
「なるほど、人と魔物の共生なんですね」
「ええ。そもそも、我々の先祖の冒険者の一団がこの島を発見しました。魚や植物が豊富なのに魔物もいないため、理想郷と名付けて定住を決めたのがこの島の歴史の始まりです」
「理想郷ですか」
それにしては、船が海賊に襲われたり、平和とは程遠いような気がしましたが。
でも、まぁ、魔物に襲われる心配がないという意味では、平和なのでしょうね。
小さい村などでは魔物対策も一苦労ですし、ラビスシティーでも、迷宮の入り口でギルドの職員がいつも見張りをたてて魔物が出てこれないように見張っている。
そういう意味では幸せなのかもしれません。
特に魔物との戦いにあけくれた冒険者にとっては。
ですが――
「風土病が流行っていると伺いました。その原因はなんなのでしょう?」
「うむ、原因はわかりません。一応、当家に仕える薬師に特効薬の開発を急いでいるのですが、今できるのは効果を一時的に抑える薬のみ」
「そうなんですか」
私はグラスに注がれていた赤ワインを一口飲み、ナプキンで口を拭き、考えました。
魚料理にはやっぱり白ワインのほうがいいな……と。
そう考えた上で、風土病についても考えようとしたんですが、まぁ、専門家が調べてもわからないことは私が調べてもわかりませんよね。
こういう時、コーマさんがいたら何かいい薬があるかもしれないんですが。
「それで、実はクリスティーナ様にお願いがあるのです」
「お願い?」
「はい、実は海賊どもに大切な薬を奪われてしまいまして。あれがなければ、病気で苦しむ子供たちを救うことができません」
「病気で苦しむ子供たち?」
そのとき、孤児院で病気を治してもらったアンちゃんの姿が目に浮かびました。
コーマさんに病気を治してもらった彼女の喜び方を見て、私は勇者としての在り方を思い出した。
「でも、どうして海賊は薬を盗んだんですか? 彼らも同じ病気に?」
「いえ、彼らの目的はおそらく薬の転売。我々は薬を平等に生産し、配っているのです。ですが、金持ち連中は、薬が無くなることへの不安から、高値で薬を買い求める。そうなったとき、薬が手に入らずに悲しむのはいつも弱い立場の者」
「…………そんな」
許せません。
人の命をお金に変えるなんて。
「わかりました。私に任せてください。必ず、海賊に盗まれた薬を取り戻してきます」
「おぉ、なんと、勇者様にそこまでしてもらうわけには――」
「何を言うんですか、困ってる人を助けてこそ勇者です! 任せてください」
そして、私は海賊の住む場所を教えてもらい、食堂を出ました。
もちろん、料理は残さずに完食、パンのおかわりももらいました。
勇者として独りで受ける最初のクエストです。
そもそも、あの時に海賊を逃がしたのは私の失態なんですから海賊退治を受けるのは当然です。
さぁ、いざ、海賊退治の旅へ。
そう思った時、私の横に白いドレスを着た少女が駆けよってきました。
海賊に襲われた船に乗っていた少女です。商人さんが私とずっと会話していたので彼女と話すことができませんでしたが。
確か、フリードさんの娘さんだったはずです。
「クリスティーナ様、こちらへ来てください」
「え?」
私は彼女に連れられ、通路の奥へといきました。
そして、部屋に入ります。
小さな、ベッドとテーブルしかない部屋。最初に泊まったギルド直営の宿よりもさらに狭い感じです。
「あの、ここは?」
「私の部屋です」
「え、でもあなたはフリードさんの娘さんなんですよね」
「私の名前はランダ。ランダ・ガエン。フリード・ガエンの養女で、そして人質に過ぎません」
「人質?」
思いもよらぬ物騒な言葉に私は眉をひそめました。
「お願いです、クリスティーナ様。フリードによって閉じ込められた姉さんを……マユ姉さんを助けてください」
え?
思わぬきな臭い展開に、私の頭の処理能力はとうに限界を超えていました。
~閑話~
~フリーマーケット従業員の雑談~
ラビスシティーにある大型雑貨店、フリーマーケットの朝は早い。
お店の開店が9時。品出しが8時から行われるため、身支度の準備がはじまるのは朝の6時から。食事当番の人はもっと早く、朝5時には起きている。
それでも、辛いかと言われたらそうではない。
この店に来て数日の私から見たら、この店は異常でした。
店長のメイベルさん。姉御と慕われているリーさん。年齢と見た目が一致しない童顔のファンシーさん。そして、私と同期のシュシュさん。
私、レモネを含めて全員奴隷の境遇にいますが、オーナーの姿を一度も見たことがありません。私とシュシュさんを奴隷商人から買ったのもメイベルさんでした。
悪く言えば放任主義ともとれるオーナーですが、そうではないとすぐにわかりました。メイベルさんが言うには、私達が住む従業員の寮はオーナーが一人で作ったとのこと。
とても信じられません。4階建ての立派な建物の上、水道とかお風呂まで完備されていて、全員個室が与えらえています。
私が今使っている個室も、奴隷商人さんのところにいた4人部屋と変わらない広さがあります。
奴隷商人さんも悪い人というわけではありません。
5人家族の長女として生まれましたが、昨年の凶作により家に貯えがなくなりました。兄と弟を食べさせるために隣国からラビスシティーに身を売った私ですが、奴隷商人さんの扱いは悪いものではなかったと思っています。食事もきっちり与えられましたし、付加価値をつけるために様々な勉学も教えてもらいました。
文字が書けるようになったのも奴隷になってからです。
ラビスシティーでは当然の扱いらしいのです。
ですが、この仕事の待遇の良さにはかないません。お給金は出るし、お風呂には入れるし、料理はおいしいし、ベッドは心地よいし、何より化粧水でお肌がつやつやになるし。女性の憧れといってもいい職場です。
朝8時半。品出し作業がいつもより早く終わったので、私達は休憩を貰いました。
メイベルさんは所用で店側にいますが、私たちは倉庫で休憩です。
そして、メイベルさんがいないときの話題は決まって、こうなるんです。
「でな、うちは、やっぱりオーナーはどこかの貴族様だと思うんよ」
リーさんがそう言って、話は始まりました。
つまり、オーナーはどんな人か? というお話です。
「あの寮に品物の豊富さ。普通の商人やったら絶対に仕入れられないし作れないもんばかりや」
寮の建設費用を試算しただけでも金貨1万枚くらいは消える計算になると、かつてリーさんが試算していました。
金持ちの道楽、にしては度が過ぎていますが、一般庶民がおいそれと出せる金額ではありません。
「それなら、やっぱり研究者じゃないかしら。魔道具を作ってる研究者が試作品を店に並べてると思いますよ」
ファンシーさんがそう言う。確かにそれはありそうな考えです。
「でも、それならどこかの国に仕えてるんじゃないかなぁ? わざわざ店に商品を出したりしないと思いますよ」
シュシュさんが笑顔でいい、
「私はリーさんの意見のほうがいいかなぁ。ううん、むしろ王子様。子供のころから夢だったんですよ。いつか王子様が迎えにきてくれないかって」
「まぁ、迎えに来たのはメイベルさんでしたが……って、どうしたんですか、お二人とも」
私は思わず驚きました。
ファンシーさんとリーさん、二人とも青ざめた顔で俯いています。
「い、いや、あの子のことを思い出したんよ……」
「コメットちゃんも同じことを言ってたなって思ってね」
コメット……私が来る前にこの店で働いていた従業員だと聞きました。
通り魔に殺されてしまったが、この店のオーナーに凄く感謝していたと聞いています。
そういえば、葬儀の費用も全てオーナーが出したのに、オーナーは葬儀には参列しなかったとも聞きました。
うぅん、オーナーについていまいちよくわからなくなってきます。
私は立ち上がって提案しました。
「あ、あの……メイベルさんに直接聞きませんか?」
「いいけど、メイベル、たぶん話してくれへんやろうな」
「前にも聞いたけど、はぐらかされましたから」
「あ、でも私も聞いてみたい」
意見は一応のまとまりを見せ、私たちは店側の扉を開けたんですが――
「はぁ……」
深いため息とともにメイベルさんはいつもつけているイヤリングを見つめていました。
通信イヤリングといって、オーナーとのホットラインだそうですが。
とても悲し気なその瞳は……やっぱりそういうことなのでしょう。
私達はその光景を見て、一つの確信を得て引き返しました。
「絶対……やな」
「絶対……よね」
「絶対……だね」
「絶対……ですね」
私達は確信しました。
メイベルさんが通信イヤリングを見つめる目は絶対に恋する乙女の目でした。
「教えてくれないのって、やっぱり好きな人を私達に知られたくないからでしょうか?」
私がそう疑問を口に開くと、三人が全員頷きました。
メイベルさんがべた惚れの様子のオーナー。
謎は深まるばかりです。




