勇者試験二日目
勇者試験二日目。
昨日の試験で666名中529名が脱落したそうだ。残り137名とあって、順番待ちも昨日より短い。
「……それにしても、この迷宮とはな」
一昨日の時点でこの迷宮が使われていることは知っていたが。
「嫌になりますね、昨日の今日がここですと」
「ん、あぁ、そうだな」
フーカは迷宮内の温度のことで俺が愚痴を言っていると思ったらしく、そんなことを言ってきた。
煉獄迷宮と名付けられたこの場所。去年発見されたばかりの迷宮で、その発見の時は俺も立ち会った。
敵の種類は、ゴーレムとスライムといった魔法生物が主。どことなく俺の迷宮と被っているが、それもそのはず、俺の迷宮でゴーレム作成を担当しているマネットが管理している迷宮なのだから。
マネットが俺の配下に加わった今、俺の管理下ということになる。
そのためか、マグマスライムたちは俺を見るとそそくさと去ってしまう。そう命じているから。
「さすがはお兄さん、魔物たち、お兄さんを見るだけで逃げていきますね」
「……そうだな……はぁ……あ、一応言っておくが、ここにるスケルトンもどきは、たいていはボーンゴーレムだからスカルコレクターとは関係ないと思うぞ」
「お兄さん、この迷宮について詳しいんですか?」
「最初に発見されたとき、俺も一緒にいたからな」
もちろん、今日は耐熱ポーションを飲んでいるため、熱さはほとんど感じない。
昨日の耐寒ポーションが不足してひと悶着、みたいなことは起きていない。昨日の試験で落ちた勇者候補の中で耐熱ポーションを持っていた人達が、耐熱ポーションを持っていない勇者候補に売ったためだ。
そもそも、昨日のような問題を起こすバカは昨日の時点で落ちているからな。
もっと怖いのは、闇に隠れて攻撃してくる奴らだろうが、今回の試験内容が勇者候補同士の戦いではなく、完走者全員合格のスタンプラリーレースだというのなら、襲われる可能性も低い。
マグマに落ちないように足下に気をつけながら進む。
前に来たときと違い、有毒ガスが減っているようだが、他の冒険者は念のために小鳥の入った籠を持っている。
よく鉱山で有毒ガスが発生しているかもしれない場所で、カリアナの入った籠を持って行き、カリアナが死んだら危険だと引き返す、みたいなことをしているようだ。俺はさすがにそれはしていない。解毒ポーションは十分用意しているから、体調が悪くなればそれを飲めばいい。ただでさえ、俺はルシル料理のおかげで毒に対する耐性を身に着けているからな。
魔物を倒して得られるアイテムがないので、仕方なく適当に石でも拾いながら進む。
黒曜石とか軽石とかそういう石が結構落ちているが、全部、前に来たときに拾ったことがあるものばかりだ。
そう思った時、通信イヤリングが鳴った。
ルシルからの通信だ。
だが、相手はルシルではなかった。
『あ、コーマ? 僕だよ』
「マネットか? どうした?」
『僕の迷宮にいるんだよね。頼みがあるんだけど、僕の友達、覚えてる? 今は13階層にいるんだけど』
あぁ、そう言えばいたな。ドラゴンが。どうやって迷宮に入ったんだ? っていうくらいにでかいやつ。
『部下が言うには三日くらい前に脱皮して弱ってるらしいんだよ。エリクシールでも掛けてやってよ』
「……え? 竜って脱皮をするのか?」
『知らなかったの?』
知らなかった。
でも、竜の抜け殻って、かなりのレアアイテムなんじゃないのか?
「行ってみるよ。あいつには以前、ルシル料理を食わせた詫びもあるからな」
『うん、抜け殻は貰っていいと思うけど、でも早くしてあげてよね。冒険者が来ちゃうから』
「わかってるよ。全く、俺、一応お前の上司なのに、上司を小間使いみたいにするなよな。いいけど」
俺はそう言って通信イヤリングを切ると、横に歩いていたフーカを抱きかかえた。
満面の笑みで。
「え、お兄さん?」
「悪いが事情が変わった。一直線で13階層を目指すから、しっかり掴まってろ!」
そう言うと、全力で走り出した。
俺の全力はもう新幹線を超えるんじゃないか? という速度で、それを生身で感じたフーカは、涙を流しても叫ぶことすらできなかったという。
※※※
13階層。
本線から外れた階層の隅に、その部屋はあった。
マグマの海の広がる部屋に、ファイヤードラゴンが力なく浮いていた。
「ドラゴン……お兄さん、ドラゴンです、危ないです」
フーカがそう言って警戒の色を浮かべた。
ドラゴンに襲われることを警戒したのだろう。
「大丈夫……じゃない……な、こりゃ」
ドラゴンを見た。酷い傷だ。
右前脚が凍り付いて、腐り落ちている。
やられたのは今日ではない……少なくとも三日前には無事だったそうなので、昨日か一昨日にやられたのだろう。
そして、脱皮の後に残るはずの抜け殻はどこにもない。
力ない瞳で俺を見る。力はないけど優しい目だ。俺を覚えているのだろう。
俺はドラゴンの上に乗り、エリクシールを一滴垂らした。
それで、ドラゴンの傷が戻り、右前脚も元通りになる。
「凄い……」
フーカがぽつりとつぶやいた。
そして、俺は飛び降り、友好の指輪を取り出した。
《誰にやられたんだ?》
そう念を送る。友好の指輪は、人だけではなく言葉を持たない魔物や動物とも会話できる道具だ。
《アリガトウ》
《あぁ、どういたしまして……で、何があった?》
《アナタ、ナオシテクレタ。カンシャ》
《それはもういいから、誰にやられたんだ?》
《シロイオンナキタ、ツヨカッタ、マケタ。サイゴノチカラツカイ、マグマノナカ、モグッタ。シロイオンナ、オッテコナカッタ》
《抜け殻は?》
《モッテイカレタ》
そうか。抜け殻はないのか。残念だ。
まぁ、この迷宮は先々月から勇者には解放されているらしいので、勇者の誰かがやったのだろう。
「じゃあ、俺たちはもう行くわ。もしかしたら今日、また人間が来るかもしれないから、来たら適当に追い払ってくれ」
俺はそう言うと、フーカを抱えようとしたが、
「お兄さん、ひとりで歩けます……」
と拒否されたので、歩いて15階層を目指すことにした。




