三つの雪煙
~前回のあらすじ~
勇者試験がはじまった。
勇者試験初日、勇者候補者666名、従者を含めたら2000人を余裕で超える大移動が終わった。
全員で10階層へと移動する。
勇者とその従者を除けば、ギルドから特別に許可を貰った人間にしか立ち入ることを許されない(10階層入口付近の地上に通じる転移陣を利用する場合除く)ため、10階層を歩くのは初めてという人間も多くいた。
細かい試験内容の説明はない。
先ほどユーリが説明していたし、同じ内容については勇者試験のパンフレットにも書かれていた。
最初の迷宮は、氷結迷宮と呼ばれる迷宮であり、俺が嫌いな場所のひとつでもある。
「お兄さん、氷結迷宮を知ってるんですか?」
「そうだな、とりあえずこれを飲んでおけ。さっき耐熱ポーションを飲ましておいてあれだがこれを飲んでおけ」
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耐寒ポーション【薬品】 レア:★★★
飲むことで寒さへの耐性が24時間上がる薬。
複数飲んでも重複効果はない。極寒の吹雪の中でも裸で歩ける。
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見ると、俺たちの他にも何人かはこの耐寒ポーションを持って来て、飲んでいる。
情報をあらかじめ手に入れた勇者候補はこれを手に入れているんだろう。
メイベルが話していた。ここ一カ月ほど、クルトはほとんど寝ずに耐寒ポーションを作成していたという。その数2000本。全員にいきわたる量ではあるが、ただし、クルトが作ったポーションは俺の持っているものと名前は同じでも少し異なる。
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耐寒ポーション【薬品】 レア:★★★
飲むことで寒さへの耐性が4時間上がる薬。
複数飲んでも重複効果はない。寒くてもへっちゃら。
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造り手の違い、技術の違い、材料も違うのかもしれない。
ともかく、クルトの耐寒ポーションは4時間、だから前もって準備する人は10本、20本と用意する。
だから、当然、耐寒ポーションを手に入れることができなかった勇者候補も現れる。
そして、そういう輩の中には、暴挙に出る者もあらわれる。
「おい、嬢ちゃん、その薬を俺によこしやがれ」
そんなことを言い出すバカだ。
どこの山賊だ? と思わせる風体の男が、フーカにそう言った。
「これは僕のです。一本しかないので渡すことはできません。それに、勇者になろうという方がそのような暴挙に出てよろしいのですか?」
「いいんだよ。試験中のいざこざに冒険者ギルドは関与しないって書いてあるだろ? ならばここで俺が力づくで奪おうとも問題ないだろうが」
「……なら、ここでフーカがあなたを殴っても問題ないわけですよね」
「やめろ、フーカ。悪いな、こいつは子供なんだ、許してやってくれ。あっちで見てるの、お前の従者だろ? 3本渡すからこれでカンベンしてくれ」
俺はニヤニヤした目でこちらを見ている、山賊B、Cの顔を見てそう言った。
俺はアイテムバッグから耐寒ポーションを3本取り出した。その時アイテムバッグから一緒に金貨の入った袋が落ちてしまったが、慌てて拾い上げてアイテムバッグにしまう。
そして、耐寒ポーション3本を男たちに渡した。
「おう、兄ちゃん、ガキの教育くらいきちんとしておきな」
山賊A、B、Cは耐寒ポーションを手に取ると、笑いながら去っていった。
「お兄さん、なんで――」
「ここでイザコザをすると、レメリカさんの目が痛いからな……それに、たかが耐寒ポーションだからな。持って行かれたところでこっちが困る訳でもないよ」
俺は笑いながら言った。そんな俺を、フーカが蔑むような眼で見てきた。
そして、前のほうが動き出した。
どうやら、迷宮の中への移動がはじまったようだ。
「フーカ、ちゃんと耐寒ポーションは飲んだな?」
「……はい、飲みました」
「よし、じゃあ進むか」
全員が階段を下りていく。
ギルド職員は全員階段の上で、降りていく勇者候補を見守っていた。
そして、俺たちが見たのは、一面の銀世界だった。
あらかじめ氷結迷宮11階層入口付近の魔物は排除されているそうだ。
「……雪ですね」
フーカの言う通り、迷宮の中は一面の銀世界だった。
「あぁ、ここは迷宮の中でも珍しく、雲がある迷宮なんだよ。そして、気候は晴れか雪。全く、歩きにくいったらありゃしない」
ちなみに、ラビスシティーで氷は高級品扱いされているが、その大半はこの迷宮で取れたものである。
そして、その11階層に到着して、勇者候補たちは移動を開始した。
四方八方に広がっていく勇者候補とその従者。もう試験ははじまっている。
「全然寒くない銀世界って、変な感じですね」
「だな。とりあえず、雪の上でも歩きやすい装備にするか」
と俺がアイテムバッグの中に手をいれたところで、そいつらは現れた。
「待ちな、それ、アイテムバッグだろ。俺たちによこしな」
「お前みたいなガキどもが持っていていいアイテムじゃねぇんだよ」
「ひぃっひっひっ、俺たちが有効活用してやるぜ。中に入っている金貨も一緒にな」
先ほどの山賊たちが現れた。
「お兄さん、ここはフーカが――」
「お前は何もするな」
そう言って、俺は腰に下げていたアイテムバッグを外した。
「あぁ、素直に従えばいいんだよ。兄さん、長生きするぜ。もう勇者試験なんて諦めて――」
そして、俺はアイテムバッグを雪の上に落とした。
男たちの視線が一気に下へと落ちる。
と同時に――
果たして、男はそれを見ることができただろうか?
俺の拳が少し当たると、男の歯が何本か折れて俺の指の間に挟まり、まるでペットボトルロケットのように鼻血を噴き出しながら飛んでいった。
「全く、ここまで予想通り動くなんて寒いやつらだな」
こいつらに襲われるように、わざと見えるようにアイテムバッグから金貨を落としたりしたが、試験開始と同時に襲ってくるとはな。
「卑怯者っ!」
「死にやがれっ!」
男たちは背負っていた両手斧を構えた。
「お前みたいな奴が斧を使うから、全国のキコリさんが迷惑するんだろうが」
俺はそう言うと、男たちを殴った。両腕で一度に。
雪の大地にさらに二つの雪煙が舞う。
「耐寒ポーション飲んでおいてよかったぜ。こんなの準備運動にもなりゃしねぇ」
「お兄さん、なんで――」
「レメリカさんが怖いってのもあったが、ちょっとばかり強く殴ってもここだと雪がクッションになってるから死にはしないだろ。もっとも気絶してからの凍死が心配だが、そのために渡しただろ?」
「あっ」
俺はフーカを守るためでも、ましてやあいつらが怖いため耐寒ポーションを渡したのではない。
ただ、単純に、この山賊A、B、Cの命を救うために渡してやったに過ぎない。
命に別状はないとはいえ、それでも顎の骨は砕けているし、歯も折れている。暫く固形物を食べることはできないだろう。
「まぁ、ポーションをあれほど飲みたがっていた奴らだ、暫く流動食のみでも満足できるだろう」
俺はそう言うと、笑顔でアイテムバッグから藁で編まれたかんじきを取り出した。
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一日目。
氷結の迷宮。
1名脱落。
残り665名。




