閑話 フリマケメモリアル
フーカに夕食を食べさせ、籠手を与えた日。俺は万が一に備え、従業員寮の一階に泊まることにした。
とりあえず、ソファを置いて、そこで横になる。
「あれ? コーマやん。そんなところでなにしてるんや?」
「お久しぶりですね、コーマさん。泊まるところがないのなら私の部屋で寝ますか?」
そう言って入ってきたのは、リーとファンシーだ。
メイベル、リー、ファンシー、コメットちゃんは奴隷だったころは同室だったらしく、コメットちゃんと同様、メイベルが従業員を増やすときに真っ先に奴隷として雇ったふたりでもある。
フリマの従業員寮や店内に入り浸っていて、武器を卸しにきているため、このふたりともよく顔を合わせる。
男勝りの姉御肌、カリアナの隣国に住んでいたため日本文化にもそこそこ造詣が深い関西訛りの女性、リー。
幼い外見ながらも、実はフリマで一番年上らしい、奴隷になるまでは男性経験も豊富だったというファンシー。
同じ店で過ごす仲間でありながら、その性格はまるで違う。でも、このふたりはいつも一緒にいる感じがする。
ファンシーが一緒に寝るか? と言ってきたので、リーはジト目でファンシーを睨み付けた。
「おいおい、ファンシー。いつもそんなことを言ってるのか? この寮は二階より上は立ち入り禁止だろ?」
「私もそんなことはいたしませんよ。元とはいえ、私たちを救いあげて下さったオーナーへの忠誠は絶対ですから、彼の決めたルールは奴隷でなくなった今も守っていますよ。それはリーも同じです」
……そうだよな、ファンシーはこう見えていろいろな男に言い寄られているらしいが、この店で働いてから一度も外泊をしたことがないらしいし。
ファンシーが俺を部屋に誘ったのも冗談だろう。俺は彼女の好感度を上げる行いをした覚えなどなにひとつない。
それにしても、元オーナーへの忠誠か。
俺がその元オーナーだとは知らないはずだから、それは俺への忠誠とはまた違うのだが、それでも恥ずかしくなるな。
「ですから、コーマさんなら私の部屋に入ってもいいと思ったんです」
「おいおい、なんでそうなるんだよ。そんなことばかり言ってると、メイベルに怒られるぞ」
「ふふふ、コーマさんは知らないかもしれませんが、メイベル店長は意外とエッチな妄想をするんですよ。ああ見えて、思春期の女の子なんですから」
ソファに座っている俺に顔を近づけ、耳元で囁くように彼女はそう言った。
そのファンシーをリーが引きはがす。
「いい加減にしぃや、ファンシー。さっきから言ってることめちゃくちゃやで」
「あら、めちゃくちゃじゃないですよ。元オーナーが決めたルールですけど、でも、やっぱり元オーナーは例外だと思わない? リー」
ファンシーのその言葉に、
「え?」「え?」
俺とリーは異口同音に驚きと疑問の一音を発した。
「待ってくれ、ファンシー、一体」
「メイベル店長がオーナーの話をするときとコーマさんのことを話すとき、同じ表情をするんですもの。それに、コーマさんの通信イヤリング、メイベル店長に通じてますよね。メイベル店長、奴隷だった時にオーナーに話すときは通信イヤリングを使っていましたから、わかりますよ」
「……あ……ええとだな」
げっ、やばっ……くはないのか。別にリーとファンシーにばれたからと言っていけないとは思っていない。
コメットちゃんにも、彼女が死んでしまう前に普通に自分の正体をばらしていたし。
俺からばらす分には問題ないが(その時の反応を見ると面白いので)、俺の思わぬところでバレていたというのは恥ずかしいな。
でも、こんな初歩的なミスを犯していたんだし、きっとリーも気付いていたんだろうな。
そう思っていたら、
「オ…………オ、オ、オ、オ」
顔を真っ赤にしてリーが壊れたラジオみたいになっていた。
「おい、どうしたんだ、リー」
俺がリーの肩を叩くと、
「きゃぁっ」
そう言って、力が抜けたみたいにその場にうずくまった。
「(きゃぁ?)」
リーらしくない、女の子っぽい叫び声に、俺は驚く。こんなリーを見るのははじめてだ。
「リー、どうしたんだ?」
「コ、コーマ……コーマ様がオーナー……なん?」
リーは目を手で覆いながら言った。
「元……な。今はただの鍛冶師だよ」
「本当……だった。コーマ様がオーナー……だった。うち、どうすれば」
なんなんだ? いや、聞かなくてもなんとなく察しはつく。
「リーはずっとオーナーのことを白馬の王子様のように思っていましたから、コーマさんがそうだって知って感動しているんですよ」
「はは……でも、リーたちを買ったのはメイベルなんだし」
「それを許可したのはコーマさんでしょ? ありがとうございます。お礼に私の部屋に来ませんか? いろいろとサービスしてさしあげますから」
そう言って、ファンシーは俺の右腕に、自分の両腕をからめてきた。
ぐっ、二の腕にファンシーの胸の感触が直に伝わる――これはヤバイ。
そう思った時、
「ダメやっ!」
顔を真っ赤にしながらも、リーが俺の左腕を掴んできた。
「ダメや、コーマ様! ファンシーなんかについていったら」
「なんか……って……何がダメなのかしら、リー。コーマさんのおもてなしはリーがするというの? 経験のないあなたが?」
「うちが相手!? コーマ様のっ!?」
ぼっ、と、まるで彼女の顔が燃えてしまったかのようにさらに熱が帯びた。
「う、うちにコーマ様の相手なんか……でも、コーマ様がどうしてもって言うんやったら」
「ま、待て、リー。とりあえず、そのコーマ様って言うのやめてくれ。この店の中でお前だけが俺のことを呼び捨てにしてくれたのに、今更コーマ様って言われると恥ずかしすぎる」
「それは……それはいやや。コーマ様はコーマ様やから」
涙を流し、
「やっと会えたんやから」
と上目遣いで俺の顔を見るリー。その姿には姉御肌の威厳もなければ普段の男勝りの表情もない。ひとりの可愛い女の子だった。
ぐっ、これはかなりやば――
その時、ひとりの気配が天より――というか二階より舞い降りた。
「何をしてるんですか? リー、ファンシー」
俺の両腕にしがみつくふたりを見て目くじらを立てていたのはメイベルだった。
「まったく、リラクゼーションルームで会議だって言ったのに来ないから何をしているのかと思ったら――行きますよ」
メイベルがふたりの首根っこをつかみ、どこにそんな力があったのか、ふたりを引きづっていく。
「ま、待ってください、メイベル店長、私はただコーマさんに日頃からの感謝を伝えようとしただけで」
「か、堪忍して、メイベル。でも、うちは――うちはこれまで一年間待ち続けた――」
「行きますよ(怒)!」
「「はい」」
メイベルの怒気に押され、ファンシーとリーはそれに素直に従った。
「それと、コーマ様……ひとつよろしいですか?」
「な、なんだ?」
「二階より上は男性は立ち入り禁止ですからね……」
「わ、わかってる」
そして、三人は二階に上がって行った。
「……大変ですねぇ、コーマ様も」
ふわふわと浮ついた表情で、いつの間にかそこにいた最後の従業員であるシュシュはそう言うと、にっこりと微笑み、
「私も感謝していますよ」
と笑顔で言って、ソファに座ったままの俺の頬にキスをしてきた。
……え?
三人に遅れて二階にあがるシュシュを見て、
「これ、なんてギャルゲー?」
と俺は呟くのだった。
※※※
思わず立ち上がった私の前に、
フリーマーケットダークシルド支店では、書類を持った副店長が私の元に訪れました。
「レモネ店長、どうかしましたか?」
「何か私だけ出遅れた感じがします」
私は書類の山に囲まれて女の直感を働かしていたんですが、
「そうですね、もうみんな退社しましたから。はい、これが最後ですから、朝までには仕上げてくださいね」
と決裁書類の山を渡されました。
「えぇ、またですか」
私はそう言って机に倒れ込みました
そして、その震動で机の上の書類が崩れ落ちたのは言うまでもありませんでした。
久しぶりにフリマの従業員を全員描きたくなった閑話でした。
すみません、今日から本編に行くと言っていながら。
明日から本編です。




