閑話 ナポリタン
閑話です。読み飛ばしても次回に話を通じます。
寮に戻っても、まだフーカたちは戻っていなかったので、俺は料理を作って待つことにした。
手加減をする技術も覚えたので、フライパンでナポリタンを作成。
本当はフライパンのまま出したほうがそれらしいのだが、この世界でフライパンのまま料理を出す麺料理は今のところレストランなどでは存在しないらしく(残念ながら、各家庭の食卓の風景まで俺は知らない)、お皿に盛りつけた。
当然、その上に目玉焼きを作って乗せておく。
もしもこの食卓の風景が一枚の絵になったとき、ナポリタンの上に目玉焼きが乗っていないということがあったとしたら、そんな絵が誰かに見られたら、俺はこんなナポリタンを作ってしまったことを世界に詫びなければいけない。ナポリ人に詫びなければいけない。
ナポリタンは完全に日本で創造された料理であり、ナポリにはナポリタンなる食べ物が存在しないことは、今や日本の常識になっているわけだから、ナポリタンについて謝るとしたら、まずはそのネーミングについてのことなんだけれども。そのあたりは俺が謝る筋合いはないのだけれども。
となれば、この料理をどういう名前でフーカとメイベルに出すか?
ナポリタンという正式な名前でフーカとメイベルに出せば、俺の世界のナポリには、このパスタが存在すると勘違いされてしまうかもしれない。
しかし、だからといって日本で生まれたからといって、ジャパニアンとかヨコハマン(ナポリタンが横浜のホテルではじめて作られたという説がある)とかそういう名前で出しても、ナポリタンが、日本や横浜生まれの料理だと言われたら、それこそスパゲティーを主食とした人に、スパゲティーを発明した先人に申し訳がたたない。それこそナポリ人に謝らなければいけない。俺の責任で謝らなければいけない。
(俺は一体、なんでナポリタンを作ったんだ?)
もう、こんなことならいっそのことミンチを買っていたので、それを元にハンバーグを作ったらよかった。いや、ミンチ料理もこの世界では俺の努力のおかげで広まってはきたが(どんな努力かはいつか語りたい)、まだまだ一般的ではないし、考えてみればハンバーグも、確かドイツの町――ハンブルグが由来だったと聞いたことがある。聞いた覚えがある。
そんな不確かな記憶の中。当然、俺が作ったハンバーグが、ドイツ人が食べるハンバーグとまるで同じであるとは思えない。
そもそも、地名が入っているからといって、ナポリタンのように本当にその地名で作られた料理とも限らない。
アンデスメロンを、ずっとアンデス産のメロンだと信じていた俺が、実は「アンシンデスメロン」の略だと知った時のようなことがないとも限らない。
「あ、でもハンバーグはこの世界で普通に作られていたな――」
と俺は遠い記憶を呼び起こす。
本当に遠い記憶。例えて言えば、ネット小説連載開始当初に登場したのに、なぜか書籍版ではまるまるカットされてしまい、なかったことにされてしまった。で、連載版を読み直したときに、一話に出てくる料理、そんなくらい古い記憶に眠っていた料理を。
ルシルが作った、カカオ100%スライムハンバーグを思い出したわけで。
「うん、ハンバーグはないな」
俺は首を横に振った。
そして、結局、ナポリタンを見た。
少し甘く、そして酸味の利いた香りが俺の鼻腔を擽る。はっきり言って旨いと思う。味には自信がある。駅前で空き店舗があって、普通の喫茶店を開いたとき、このナポリタンがあれば昼には行列ができること間違いなしの出来栄えだ。
一皿900円の価値はあると思う。
これを客に出さずにおくという選択肢は俺から消え失せた。
こちとらプロの料理人(なんかになった覚えはないけど)。自信のない料理ならば自分で責任を持って全部食べ、自信がある料理なら客に出して金を貰う。まぁ、今回は完全無料であり、今後もメイベルたちからはお金を貰うつもりはないので、このあたりはやはりプロの料理人ではないのだろうが。
「いいお風呂でしたね、フーカさん」
「……ええ、僕、あんな大きなお風呂に入ったの初めてです」
「ここにいる間はいつでも――ううん、勇者試験が終わってからもいつでも入りに来てくださいね。広いお風呂ですけど、入る人も減っちゃって、だいぶ寂しくなっているので」
メイベルとフーカが降りてきた。
今から別の料理を作り直している時間なんてない。いや、アイテムクリエイトを使えば一瞬で料理を作ることができるが、この作ったナポリタンを無駄にはできない。
俺が今与えられた選択肢はふたつ。
ナポリタンという名前で出すか、それともジャパニアンという名前で出すかのふたつにひとつだ。
いや、もういっそのこと、イタリアンとして出してもいいんじゃないか?
そうだ、そうしよう。
そう名付けて、ナポリ人にではなく、イタリア人全員に謝ろう。
決意を胸に、俺はふたりに料理を運ぶ。
「おまたせ、フーカ、メイベル。温かいうちに召し上がれ」
アイテムバッグから、消毒済みのフォークを取り出して置き、そしてナポリタン、いや、イタリアンをテーブルに置いた。
「とても美味しそうですね。これ、お兄さんが作ったんですか?」
「ふふふ、コーマ様の料理はとても美味しいんですよ」
ふたりが料理を見て、そんな感想を漏らした。
「私も食べるのは久しぶりです、トマトソースパスタ」
「本当に美味しそうですね、トマトソースパスタ。僕もいただいていいんですか?」
……え?
「メイベル、この料理わかるのか?」
「え? トマトソースパスタですよね?」
トマトソースパスタ……そう言われて、俺は言葉を失った。
そう言えば、この町、普通にトマトとか料理に使われていたし、パスタ専門店も存在したっけ。
となれば、トマトソースのパスタが存在しても不思議ではなく、
「あ、焼いてあるんですね。少し香ばしくて美味しいですよ、トマトソースパスタ」
「目玉焼きを乗せるのは僕もはじめてみます。きっとこの形のトマトソースパスタは流行りますよ」
……こうして、ナポリタンはこの世界では流行らなかった。
どうでもいいことであるが、そう言えばと鑑定をしてみたところ、
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トマトソースパスタ【料理】 レア:★★
トマトソースを絡ませたパスタ。
世界中で親しまれるフェイバリットフード。
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……もっと早く鑑定しておけばよかったと、心から後悔しました。
すみません、締め切り前でストーリーを進める余裕がなく、完全な閑話になってしまいました。
※追記
読み直してみて、これ、完璧に書店特典のSSのノリだなぁと思いました。




