フーカの契約書
~前回のあらすじ~
勇者試験中のみ、フーカを従者にすることにした。
「可愛いですね、フーカちゃ……フーカさん」
メイベルはフーカの年齢を聞き、呼称に少し困っているようだった。
そのフーカは、動きやすい服を頼んだようで、短パンにラフなシャツ姿だ。メイベルが言うには、結構有名な冒険者御用達ブランドの服らしく、防刃機能が備わっているらしい。
俺と同い年ということは、メイベルよりは年上だからな。
そして、俺も年齢は17歳ということになっているが、この世界に来て魔王を体内に取り込んでから肉体的な年齢を重ねていないため、俺の肉体年齢は16歳のままらしい。そうなると、肉体年齢だけならフーカのほうが年上ということになってしまう。
「どうですか、お兄さん」
「馬子にも衣装だな、良く似合ってるぞ。あと、俺も十七歳だから、お兄さんは止めてくれ」
「じゃあ、お兄ちゃんって呼べばいいの?」
上目遣いで微笑んでくるフーカの角を掴んで突き放す。
「悪いが、こちとら妹キャラはすでに二枠埋まってるから必要ないんだよ……ってあれ、角を勝手に掴んでよかったか? もしかして鬼の角を触られることはとても危ないとか言うんじゃないだろうな?」
「角を触られるくらいなら大丈夫ですよ。折られたら死にますけど」
「死ぬの!? 河童の皿みたいに?」
「カッパ……というものはよくわかりませんが、種族的な意味でです。鬼族にとって角は誇りですから。一族が激減した原因も、その多くは角を折られたことによる自殺です」
「自殺による種族滅亡……」
それを愚かと考える人がいるかもしれないが、俺はそうは思えない。人間、誰しも自分の命より大事なものはあるはずだ。
メイベルにとってはきっとこの店だ。彼女は自分の命と店の存亡を天秤にかけたら店を取りかねない。
クリスにとっては勇者としての生き方だろう。例え自分の命が脅かされても、彼女は勇者としての生き方を貫くに違いない。
俺にとってはルシルがそうだ。彼女のためなら死んでもいい。彼女との約束を守るために俺は生きていこうと思っている。
そして、鬼族にとっては、自分の角がそうなのだろう。
「悪かったな、不用意に触ったりして」
「いえ、別にいいんですよ、お兄さん。触られるくらいは。でも、優しくして下さいね」
言葉だけ聞いていると、やましいことをしているみたいに思えてくるな。
「まぁ、いいや。メイベル、悪いがこの寮、部屋余ってただろ? フーカを勇者試験が終わるまでの間泊めてやってくれ。もちろん、契約書は書かせる」
フーカのことは直感的に信用できると思うが、万が一のことがあったら困る。
魔法契約書を用意し、フーカに一週間宿と食事を提供すること、従業員寮の備品等を無断で使用したり盗んだりしないこと、従業員寮に住む人に暴力を振るわないこと、もしも契約に背けば、金縛りになって動けなくさせることができる。
そういう契約を、ふたりに結ばせた。もちろん、金縛りの文言があるからわかると思うが、ただの契約書ではなく魔法契約書だ。
クリスに対して借金が返せなかったら猫語で話すというあれだが、今回はジョークの類は一切ない、まともな契約書だ。
メイベルがまずサインをし、フーカもまたサインをした。
「一応、契約が有効になったか確認だけさせてくれ。偽名である可能性は捨てきれないからな」
「慎重ですね。わかりました――では、失礼します」
俺が頼む前に、フーカは何をしたらいいか察知し、テーブルに置いてあった花瓶の下に敷かれた布を勝手にとって、ポケットに入れた。
つまりは、備品の窃盗であり、条件が整った。
そして、フーカはテーブルに置かれた水を飲もうと手を伸ばした――その時だった。
彼女の手が止まった。金縛りだ。メイベルの意志による金縛り。どのタイミングで行われるかわかっていないため、金縛りにあったフリということでもないだろう。
そう思った時だった。
フーカの指先がぴくりと動き――次に指の関節が曲がった。そして、彼女の手が完全に握りこぶしを作ったその瞬間、魔法契約書が炎を上げた。
「うわっ、水弾!」
水をかけて咄嗟に消火したため、ボヤにもならなかった。
「力づくで契約を打ち消したのか」
前例がない訳ではない。力を封じる契約は、その契約者の力が強大だと完全に縛ることができない。そして契約が履行されなかったとき、契約書はこうして炎を上げて燃えてしまう。
俺やクリスレベルだと同じ契約書を打ち消すことが可能だが、それは力の神薬を飲み続けたからだ。
素の状態で破れるような契約ではない。
「すみません、一応試してみたら金縛りを破ることができました」
「……あぁ、驚いたよ」
でも、弱ったな。これだとフーカを従業員寮に泊まらせるには一抹の不安が残ってしまう。
やっぱり宿を取らせるか。金なら俺が払えばいいわけだし、そのほうが安全だ。
そう思ったが、
「コーマ様、私が契約書を作成してもよろしいでしょうか?」
メイベルが俺にそう尋ねた。
「ん? あぁ、魔法契約書はまだまだあるから、好きに使ってもらわないが」
「いえ、普通の紙で構いません」
メイベルはペンをサラサラと走らせた。契約書に書かれたのはたった二文だった。
罰則もなにもない契約書。罰則の無い契約書など、もはや契約書ともいえない。学級会の結果以上に拘束力がないものであると言ってもいい。
実際、この紙は、彼女に何も拘束していない。
だが――
「なるほど、これは絶対に破れないですね」
フーカが感心するように言った。
契約書に書かれていたのは以下の通り。
・メイベルはフーカに一週間、宿と食事を提供する。
・フーカは、鬼族の角に恥じない行いをする。
メイベルにはいいところを持っていかれたな。
商売人は契約と、信頼を大事にする。彼女はこの短い間に、フーカのことを信頼に足る人間と判断し、この契約書を作ったのだろう。
俺もここは元主人らしく、カッコいいところを見せないといけない。
「じゃあ、メイベルは悪いが、フーカに従業員寮の案内をしてやってくれ。フーカ、お前の武器は何がいい?」
「私は素手か籠手、あと使うとしてもハンマーですね」
「そうか――じゃあちょっくら本気でフーカの武器を作ってみるから期待してろよ」
「お兄さん、鍛冶師だったんですか?」
「……自分でももう何が本職か忘れちまったよ」
俺はそう言うと、寮の隣にある工房に向かった。




