押し売りの従者候補
俺は転移石を使い、ラビスシティーに戻った。
そして、全力で走った。といっても、他の人を怖がらせないように、ジャンプして、転移陣横の建物の屋根に飛び移り、冒険者ギルド本部に入った。
そこでは、例によって例のごとく、背筋を凍らせるような青い瞳、青い髪の受付嬢レメリカさんがいた。
「レメリカさん、勇者試験の試験、まだ間に合いますかっ!?」
俺の問いに、レメリカさんはヤレヤレといった感じで首を振った。
「あまり言いたくないのですが、あなたは時間を何だと思っているのですか? たいていの人は受付終了の数週間前には、はやい人は去年の勇者試験終了後にはもう受付を済ましているのですよ。前もって準備をするのは、冬ごもりをする熊はもちろん、蟻ですら可能です。あなたは蟻以下ですか? まずは蟻を見習って勤労に生きてみてはいかがですか?」
……相変わらずのレメリカさんの辛辣な言葉は続いた。
俺の心が悲鳴を上げる。
たとえどれだけ力を上げても、たとえひとつの大陸を救ったとしても、彼女に敵う気がしない。
「……では、手続きをはじめますね」
「え? 間に合わなかったんじゃないんですか?」
「いいえ、勇者試験受け付け終了まであと一時間あります」
理不尽な気がしたが、当然、彼女に対して怒気を抱くような無謀なことはしない。
「それで、そちらの方も勇者試験を受けるのですか?」
「え?」
振り返ると、そこにいたのは見知った顏だった。
タラだった。
「ええ、某も勇者試験に挑戦してみたいと思います」
そうか、タラの半身でもあるゴーリキは、去年の勇者試験では苦い思いをしたからな。煮え湯を飲まされる思いだっただろう。
まぁ、本当に煮えていたのはお湯ではなく、薬草汁だったし、苦い思いというか、苦い味だったんだろうけど。
「かしこまりました。では、所定の用紙にご記入ください」
俺とタラは、レメリカさんから用紙を受け取った。
それに名前等、必要事項を記入。
用紙を提出すると、レメリカさんのチェックが入った。
そして、黄色い布を渡される。
これを見るのも一年振りだ。確か、勇者試験までの間、腕に巻いておくんだったな。
そして、試験の料金も支払った。銀貨三枚と結構な値段だった。
勇者試験を受けるのにお金が必要なのは知らなかった。去年の今頃、仮に試験の受け付けにギリギリ間に合っていても、お金を用意できなかっただろう。
「それと、こちらのパンフレットもお持ちください」
勇者試験の手引き、とあった冊子を受け取る。
「へぇ、今年からこんなものができたんですか」
「去年も勇者候補の皆様には配っていましたよ」
……あれ? クリスはこんなものを持っていなかった……あ、そうか。あいつは荷物を全部盗まれたから、これも一緒に盗まれたんだな。
「それでは、明日の十時、所定の場所にお集まりください」
営業スマイルひとつ浮かべずに、彼女は頭を下げた。
※※※
勇者試験の受け付けを終え、俺とタラは冒険者ギルドの前に出た。
「タラはこれからどうするんだ?」
「主の許可がいただけたら、これから自己鍛錬を積むため宿を一室借りて瞑想したいと思うのですが」
「いいぞ。コメットちゃんには俺から連絡しておくよ。勇者試験ではライバルだからな、お互い頑張ろうぜ」
「うむ、主の胸をかりるつもりで頑張らせていただく」
タラはそう言うと、ひとりで宿に向かった。
俺はひとりで町を出歩くことにした。
ラビスシティーは去年同様お祭りムードに包まれていた。縁日のように露店が並んでいる。
「おぉ、綿飴がある。シメー島で見たな」
ルシルが作った綿飴が化け物蜘蛛になったのも今となっては消し去りたい記憶だ。
ひとりごとを呟き、俺は綿飴を購入。それを食べながら、町を歩いた。
たしか、去年、俺は武器をアイテムクリエイトで作り、武器屋に売りにいった時に、クリスに出会ったんだったな。
懐かしい。
そういえば、あの武器屋にも行っていないなと思い、俺は足をそちらに向けた。
武器屋のある方角には、武器の他にも冒険に必要なアイテムが売っているためか、勇者候補が多い。
そして――そこで俺はひとりの子供を見つけた。
真っ白いフードを被った子供だ。
「従者候補、従者候補はいりませんか?」
強そうな勇者候補に近付いて自分を売って歩いているが、どの勇者候補にも相手にされていない。
まるで去年までの俺だなと、思った。
俺もクリスに出会うまで、何人もの勇者候補に自分を売り込み、そして邪見にされてきた。
本当なら俺があの子を従者にしてあげたいところだが、俺は秘密の多い身。
ここは心を鬼にして断らなければいけない。
そう思っていたら、さっきの子供がこちらに近付いてきて、
「そこの人、僕を従者に――あ、すみません、間違えました」
「ちょい待てやガキ! 今、明らかに俺の顏を見て、『あ、ダメだこいつ』って思っただろ」
俺はそう言って子供の後頭部を掴んでいた。
「やだなぁ、お兄さん。そんなことないですよ。でも、ほら、お兄さんってまだまだ若いし」
「確かに若いが、だからってバカにされるほど弱くないよ」
「もう、本当に困ったなぁ……言っておきますけど、お金はないですよ?」
どうやらカツアゲと勘違いされたようだ。
……たしかに、子供にムキになるのもよくないよな。そもそも、俺はこの子を従者にするつもりはないんだし。
そう思い、手を緩めた時だった。
「まぁ、でも一応試してみるかな――」
その子は手を後ろに回し、俺の手首を掴むと、「よっ」と声をあげた。
すると、俺の体が浮かぶ。一度浮かんでしまえば俺はそのまま重力に従い投げ飛ばされてしまうしかないわけだが――
「何しやがる、このガキ!」
俺はそう叫びながらも子供のフードを掴み、それでバランスを取り、力づくで足から着地した。子供に背中を向けて。
その時――
ビリリ、と布が破れるような音――実際にフードを破った音が聞こえた。
「おっと、悪い。フード破っちまったな。でも、お前が悪いんだぞ、いきなり俺を投げるから」
そう言って振り返ると――
「えっ」
俺はふたつの意味で驚いていた。
ひとつはその子の見た目が男の子ではなく、女の子だったから。
そして、もうひとつは――
「角?」
そう、少女の桃色の髪から、一本の角が生えていた。
ユニコーンのような先端が尖った角だ。
「いいですね、お兄さん。どうです? 鬼族のフーカ、従者候補にしてみませんか? 腕っぷしには自信がありますよ」
少女はそう言って、ニッと笑った。




