プロローグ
本、本、本。本の山に囲まれ、俺は息絶えそうだった。
ラビスシティーの図書館から借りてきた本の香り。紙とインクの香りだけならばともかく、悠久の年月を経た本とういうのは、とにかくかび臭い。現在の魔王城の俺の部屋には窓はあるのだが、それでも迷宮の中というほぼ閉鎖された空間であることには変わりなく、風が吹き込むこともないので俺の部屋は黴だらけだった
空気清浄機をアイテムクリエイトで作れたら――と思ったが、生憎と俺のアイテムクリエイトは万能ではない。
そして、そんな環境のせいか、調べ物は遅々として進まない。
俺が今調べていたのは、天使と魔王についての記述。
魔王に関しては、以前にマユから聞いた内容どころか、本当におとぎ話の存在として扱われた。
天使に関しても似たようなもので、バベルの塔で出会ったリエルに関しては何もわからなかった。
それでも、おとぎ話の元となった伝承というのはバカにならないことがある。
ゴブリン王に関する記述だって、絵本になっていたくらいだしな。
そう思って伝承の元となった場所に赴いたりしたのだが、結局何も得られるものはなかった。
そして――
「うがぁぁぁぁあっ!」
俺は切れた。完璧に封印されていても破壊衝動が爆発しそうで、目の前の本を投げたくなった。
借り物なのでそんなことはしないが。そもそも、もう本を触りたくもない。
「コーマ、どうしたの? オーガみたいな喚き声をあげて」
「コーマ様、大丈夫ですか!?」
「主、どうなさった!」
「コーマお兄ちゃん、どうしたの?」
「……そろそろ壊れる頃だと思ったよ、コーマ」
ルシル、コメットちゃん、タラ、カリーヌ、そして一番最後に何か悟ったようにマネットが現れた。
魔王軍幹部はあとマユとゴブカリなのだが、ふたりは上層で、自分の配下の場所とゴブリンの村にいるのでここまでは来ない。
それでもふたりを除けば勢ぞろいしたわけで、俺は全員に宣言した。
「俺はコレクターなんだよ。学者じゃない! こんなのやってられるか! そもそも、俺の目的は天使の謎を追い求めることでも、魔王について考える、まるで自分探しのようなものでもない。ただただアイテムを集めたいんだ!」
「何言ってるのよ。天使について調べないといけないって言ったのはコーマでしょ。アイテムを集めたいならコーマが好きにすればいいじゃない」
「え? いいの?」
俺は義務感で天使に関して調べていたのだが、ルシルが言ったのはそんな、ある意味突き放したような言葉だった。
「私たちは誰もコーマ様を縛ったりしてませんよ」
「主の思いを我々は尊重いたす」
「うん、コーマお兄ちゃんがやりたいことをやったらいいと思うよ」
コメットちゃんもタラもカリーヌも、全員俺が自由にアイテム集めをすることには賛成のようだ。そしてマネットは、
「大体、本を調べてわかるくらいなら、ギルドマスターのユーリが先に天使について調べてるだろうし、カリアナの忍達もコーマに従って天使や魔王について調べてるんでしょ? わざわざトップが先頭に立って調べる必要なんてどこにもないよ」
と当然のように言った。そう言われたら……そうなんだろうな。
一応、サクヤにも大聖堂を調べてもらっているので、そちらの進展も期待したいところだが。
「……じゃあ、俺、好きに動いていいの?」
「ええ。そもそも、コーマ、あなたの目的は魔王や天使について調べることではなく、七十二財宝を集めることでしょ? それなのに、エクスカリバーを失っちゃって――どうするのよ、もう」
「……うっ、でも、宝玉の素材は手に入って、もう水の宝玉と光の宝玉は作っただろ? 精霊は宿ってないけど」
「そうね、その調子で72財宝を集めないとね。だから、コーマにはもっといろんな場所に行って貰わないと」
え? むしろ俺に自由に動くように推奨してるのか?
確かに、最近アイテムクリエイトを使って新しいアイテムを作るにも、素材が足りなくなってきた。
素材が過剰に余っている物から作れるアイテムはあらかた作ってしまった。
確かにここで、新たな場所に調査に行かないといけない、というのはある。
でも――
「本当に自由に動いていいのか?」
「動いていいわよ……でも、コーマこそ本当にいいの?」
「え? 何が?」
「コーマがこの世界に来て、もう一年になるのよ」
「え?」
そう言われて、俺は眉をひそめた。
一年……そうか、もう一年か。
そう思えば、感慨深いものがあるな。
確かに、西大陸に飛んだときにすでに六カ月経過していた。
その後、一カ月間は記憶喪失で過ごし、記憶を取り戻してからも学校の経営や六カ国の戦争の終結への貢献、塔の攻略などをしたが、そうか。
もうこの世界に来て一年になるのか。
一周しても経験できないようなことをこの一年に経験したものだ。
「正確には一週間前が一年目だったんだけどね」
「そうか……じゃあ一週間遅れだけど、みんなでパーティーでも――」
「なるほど」
思い出したように頷いたのは、タラだった。
「タラ、どうしたんだ?」
「主、忘れておられるかもしれぬが、今日は特別な日でした」
「え?」
「勇者試験の受け付けの締め切りの日です」
……あ。




