コーマの欲望
戦いは一方的だった。いや、一方的にさせられたというべきだろう。何故なら、鈴子の攻撃には全くといっていいほど殺意がない、つまりは俺がかろうじて避けれるような攻撃ばかりだったから。
鈴子は、まるで選択肢を俺に託しているようだった。
闇の宝玉を貫いたとき、彼女は死ぬだろう。
闇の宝玉を砕いた瞬間、彼女は精霊との同化が解除され、普通の人間に戻る。
彼女の脳の部分に宝玉分の空洞ができる。それは人を即死にさせるには十分だ。
そして、俺の薬は死者を生き返らせることはできない。
つまり、彼女を救うには、剣で闇の宝玉を砕くことと、彼女の治療とを同時に行わなければならないのだが――鈴子の攻撃に殺意も攻撃性もないとはいえ、彼女の額の宝玉を砕くと同時にエリクシールを使う余裕なんてない。
俺は天秤に賭けざるを得ない。
西大陸は救うためには、彼女を倒さなくてはいけない。
彼女を見逃してしまえば、西大陸が滅びる。
彼女はその選択肢を、俺に委ねたのだ。
だから、俺は剣を抜いた。
「鈴子――俺は俺の欲望のために、お前を倒す!」
一瞬――ほんの一瞬だが、鈴子が笑った気がした。
そして、俺の剣は鈴子の額の――闇の宝玉を貫いた。
※※※
六人目の神子――鈴子は倒れた。
俺が彼女の額の宝玉を砕いたから。
「悪いな……」
俺は倒れる鈴子を見て、小さく呟いた。
「コーマ!」
「コーマさん!」
ルシルとクリスの声が聞こえた。
「ルシル、日本への扉はどうなった?」
「……今はエネルギーの吸収が止まってるわ……自然のエネルギーを変換していたのは五体の精霊だけど、地上からエネルギーを吸い上げていたのは、闇の精霊だったみたい。これ以上エネルギーを吸い上げることはなくなったわ。今、扉に溜ったエネルギーを五体の精霊に再分配するための魔法陣を組んだわ。もう少しで元に戻る」
「そうか……とりあえずは終わったか」
まだわからないことはいっぱいある。全てがハッピーエンドというわけではない。
死んだものは生き返らない。
それは、人だけではなく、生物にも植物にもあてはまる。
今回の被害で、どれだけの植物が枯れたかはわからない。
予想していた最悪の事態は免れていると信じたいが、それでも食糧難が起こるのは間違いないだろう。
「コーマさん、鈴子さんはどうするんですか?」
「あぁ……鈴子か……たぶん死んでないと思うんだが」
俺は鈴子の頬をペチペチと叩く。
すると彼女は恨めし気な眼で俺を見た。
「……なんで?」
「言っただろ。俺は欲深いんだよ。お前を殺さずに西大陸を救う。まぁ、薬を使う余裕なんてなさそうだからよ、こいつを使わせてもらったのさ」
そう言って、俺は彼女に剣を見せた。
それは普通の剣ではない。
かつて、鍛冶師の修行をしたときにできた失敗作だ。
……………………………………………………
癒しの剣【魔法剣】 レア:★×5
斬った相手の傷を癒す魔法の剣。
斬れば斬るほど回復していきます。
……………………………………………………
一本はエリエールが買ったが、この剣はまだまだ在庫があるのでね。
俺が剣の説明をすると、鈴子は「……卑怯」とふくれっ面でそっぽを向いた。
『僕達の負けだね……闇の宝玉が砕かれちゃったから、こうして一時的に喋ることはできても、僕はただの精霊に戻る。それにしても、西大陸も、鈴子も助けたいなんて、本当に君は欲深いね。君が女の子ならいい闇の神子になれたのに、残念だよ』
「悪いが、俺はもう、似たようなものをやってるから御免被るよ」
すでに精霊の代わりに闇の竜だった大魔王を宿しているのでね。
まぁ、欲深いっていうのは肯定する。どっちかを天秤に賭けるというのなら、俺は天秤ごと奪うことにした。
「まぁ、この勝負は俺の勝ちだ。お前には罰を受けてもらわないといけない」
そして、俺は彼女にもっとも辛い罰を与えるべく、ルシルに尋ねた。
「ルシル、鈴子を日本に送りたい。手を貸してくれるか?」
俺の欲望は留まることを知らない。