side鈴子
私、鈴子がどうして死んだのか、今でもはっきりと思い出せない。
ただ、死んだということは覚えている。
私は生まれ変わった。生まれ変わったことに気付いたのは、生後数日の頃。まだ発声器官も発達していなかった。
そして、そのころから私は既に孤児院で育っていた。
目の見えない私を、この世界での実の両親が目の見えない子供を養う余裕はないという理由で孤児院に預けたそうだ。
それは、私にとってはありがたい話だったと思う。何故なら、私にとっての両親は、日本の両親であり、見ず知らずの男性と女性を、父、母と呼ぶことなどできるわけがなかった。
ただ、彼女の孤児院の環境は劣悪と言わざるを得なかった。
日本での文化住宅のアパート、六畳一間程度の部屋八部屋に、子供が六十人ほど押し込められていた。寝るときは雑魚寝どころか、寝返りもうてない。
国からの助成金や寄付金は微々たるものだったが、それに輪をかけて孤児院の経営者がそのほとんどを自分のために使ってしまうためだ。
誰かが病気になると、経営者は薬を用意するどころか、近付かなくなる。鈴子の記憶の中で、一番ひどいとき、60人中40人が死んだ。
私もその病気で死ぬかと思った。食糧も無く、他の子供たちは庭の草を食べて飢えをしのいでいた。目の見えない自分が泣きながら食べたのは――昨日まで一緒にいた子供の遺体だった。
泣きながら、謝りながら、恨みながら、私はかつてのルームメイトの遺体を食べた。
だが、疫病で死んだ子供の肉を食べて、病気にならないわけはなかった。
私もまた病気にかかり、動けなくなった。
その時に思った。日本の生活の素晴らしさを。両親の優しさを。
私は思った。
たったひとつの願いを。
日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。日本に戻りたい。
動物が喉を乾いたら水を求めるように、お腹が空いたら食事を求めるように、私は日本に戻ることを求めた。
声が聞こえたのはそんな時だ。
『ニホンってところに戻りたいの?』
(……あなたは?)
『僕の名前はミュート。闇の精霊ミュートだよ』
(……あなたは私を日本に戻してくれるの?)
『そのニホンってどこにあるの?』
(たぶん、こことは別の世界……)
『おっと、そう来たか……さすがに僕の力だと異なる世界までは連れて行ってあげれないな。でも、その手助けはできると思うよ。さぁ、ぼくの手を持って』
(……ごめん、私、目が見えない)
『言ったでしょ? 僕は闇の精霊。その姿は誰にも見えないよ。だから、願うんだ。僕の手を取りたいと』
(……わかった)
私は願った。
ミュートの、闇の精霊の手を取りたいと。
そして、私の環境は一変した。
闇の精霊、ミュートと契約したことにより、私はダークシルドで神子候補として修行していた人達をごぼう抜きして、闇の神子になった。ちょうど先代の闇の神子が亡くなったばかりだったこともあった。
それを快く思わない人も多くいたため、助祭のひとりが、私を東大陸に巡礼の修行の旅に出るように促した。
景色も何も楽しめない旅だったが、蔵書の多い町では、ミュートに代わりに本を読んでもらい、日本に戻る手段がないかと探ったが、まともな情報は得られなかった。
途中に暗殺者に襲われることを心配した助祭が、影武者をつけてくれた。私によく似た、私と同じ目の見えない少女。
旅の唯一の楽しみは、彼女とのとりとめもない会話だった。
そんなある日、事件が起きた。
聖女と名乗る女性が、多くの町で奇跡を起こしているというのだ。
その奇跡の力なら、もしかしたら日本に戻る手段が得られるのではないか?
そう思ったのだが、その聖女は何の力もない普通の人間のようだったが、ふと、僅かに力のある精霊の気配を感じた。
精霊は草、石、土等、万物に宿っているが、その力は微々たるもので会話することもできない。
だが、小さな水の精霊だったが、彼女は違った。
僅かに気配が大きく、水の神子でない自分でも話すことができた。
そして、知った。
泉を治したのは聖女とは別の人間であり、その人間は近くにいることを。
その時に出会ったのが、彼だった。
私と同じ日本人。
どういうわけか女性の姿をしていたが、
彼女がくれた薬で、私の目は治り、そして、治った目ではじめて見たその顔は、日本人の顏そのものだった。
その時、私の心に、僅かに希望が宿った。
それも、すぐに消えることになる。
だから、私は彼に僅かな繋がりをつけることにした。
闇は全てを受け入れる。
他人との運命でさえも。
「……私は欲深い」
目の前の――日本を模した世界で戦うコーマを見て、私は呟くように言った。
日本に戻りたい。絶対に戻りたい。そう思っている。
でも――私はそれが正しいなんて思っていない。
だから、止めてほしいと思っている。
自分で止まらない欲望を、他人に止めてほしいと願う――それもまた私の願いだった。
「……全ては私の願い」
涙がこぼれた。
彼が剣を抜く。
日本に戻れないくらいなら死んだ方がマシ。
でも、死ぬのも怖い。
だから、せめて私が間違っているというのなら――私を殺して。
「覚悟しろ! 鈴子!」
彼の剣が私の額に向けられる。
これを砕かれたら、私は頭部を損傷し、そのまま死に至るだろう。
でも――それも私の願いだから、全て受け入れる。
闇のように。
彼――私と同じ日本人の火神光磨くんの剣が、私の額を貫いた。




