鈴子の欲望と覚悟
~前回のあらすじ~
鈴子は物理無効、魔法無効のチート性能を持っていた。
闇の精霊の力で、物理攻撃無効、魔法攻撃無効。
そんなチート能力を持つ彼女だが、結局のところ弱点は今までの神子と何ら変わりはない。
『ねぇ、コーマ。君はもともと日本人、しかも前まで住んでいたのは西大陸じゃなくて東大陸なんでしょ? それなら僕たちの邪魔しないでほしいな。僕はただ、鈴子の願いを叶えたいだけなんだから』
ミュートの声が聞こえて来た。
『君は自分の幸せが他人の不幸の上に立っているって考えたことはないのかい? 牛肉を食べたら牛は死ぬ。君が牛肉を食べることで、本来ならその牛肉を食べられた人が食べられないかもしれない。君が牛肉を買ったお店が儲かって大繁盛することで、そのお肉屋のライバル店がつぶれるかもしれない。人は生きているだけで他人を幸せにも不幸にもするんだよ。実際、君の言う大飢饉が起きて、西大陸から多くの人が死んだとする。でも、数年、数十年、数百年したら自然は生き返る。この世界が存在する限り。その時、人がいなかったことでむしろ自然は豊かになっているかもしれない。人がこのまま西大陸で増え続けたら逆に自然が壊されるかもしれない。君は目の前のことばかり精一杯だよね? 僕はそれを間違っているとは思わない。何故なら、それは君の欲望だからだ。でも――ううん、だからこそ鈴子の欲望を見てほしい。彼女はただ自分の世界に戻りたいだけだ。それと君は間違っていると思うのかい? 自分の世界に戻る方法を、彼女はずっと追い求めた。何も見えない闇の中で。君にはわかるかい? この世界に生まれた時、彼女は視力と世界を同時に失ったんだよ。視力を戻す方法は彼女がいくら追い求めても手に入らなかった。それなら、せめて自分の世界だけでも取り戻したい。そう思うのは間違っているかい?』
「長ったらしくて半分聞いていなかったが、自分のために他人を犠牲にするのは仕方のないことだって開き直ってるだけだろ。それに、視力が戻らないから世界を取り戻すって、鈴子の視力は俺が治療してやっただろ!」
「……それには感謝している。でも、だからこそ元の世界に戻りたいと思った」
『当然だよね。視力を取り戻して、彼女が見た世界は、彼女の世界なんかじゃなかったんだから。彼女は心のどこかで期待していたんだよ。自分には視力がないから、周りのみんなが自分をたばかっているだけで、本当は日本にいるんじゃないか? もしかしたら、この目が治ったら、フジサン? とか、トーキョータワー? みたいなものが見えるんじゃないか? みたいなことを期待していたんだよ』
「……そんなわけない……知ってたけど」
でも、希望は捨てられなかった。
だからこそ、視力が戻り、彼女が見たのは……そこにある景色は――絶望だった。
「……俺が悪いって言うのか? 俺はただ鈴子の目を――」
『悪いなんて言ってないよ。君は現実を知らしめただけだから。新たな欲望の芽を開花させただけだから。人間はね、欲望が満たされたときにこそ、新たな欲望が生まれるんだよ。しかも、その欲望はさらに大きくなるんだよ。まぁ、僕からしたら、そのほうが嬉しいんだけどね。僕は鈴子の願いを叶え続ける。鈴子の欲望をさらに膨らませるために』
「……例えそれが」
『多くの人の犠牲の上にあるものだとしても』
ミュートの言葉を引き継ぐように鈴子が言い、その言葉をまたミュートが引き継ぐ。
そして、鈴子は言った。
「……あなたの考えはわかってる。あなたはこれを壊せばいいと思っている」
彼女が取り出したのは、闇の宝玉だった。
そう、闇の宝玉を壊せば、鈴子は闇の精霊、ミュートの力を使えなくなる。
そうしたら、物理攻撃無効、魔法攻撃無効も失われ、鈴子はただの女の子に戻る……はずだ。
「いいのか、そんな無防備に出して――」
「大丈夫、こうするから――」
鈴子はそう言うと、その闇の宝玉を、自分の額へと押し付けた。
闇の宝玉が彼女の額へと入っていく。
「なっ、おま、一体何を」
「……あなたにはこれが一番有効だから。これが、私の覚悟」
確かに、それは有効だった。
何故なら、闇の宝玉を砕いたその瞬間、何が起こるか俺にはわからない――と言いたいが、彼女の脳内で宝玉が割れた場合、十中八九彼女は即死する。
俺にできるのか?
彼女を殺すことなど。




