無人の町
~前回のあらすじ~
ユグドラシルがエネルギーを吸い上げていた。
目の前に広がる異様な光景。森の葉の色が茶色く染まっていき、次々に枯れ落ちました。
森だけではなく、草が枯れていきます。
「レイシアちゃん、これは一体」
「わからない……こんなことはじめて……それに、気温も下がっているようだ」
レイシアちゃんもこの事態はわからないようです。当然です。
私の知る限り、大聖殿が建立されると同時に、この湖を囲うように植えられた木々が枯れるなど未曽有の事態です。
「森と気温だけではありません。風もとても弱くなっています」
「それに、湖の水位も下がっています」
「アクアマリン様、ウィンディア様」
私の横に立っていたのは、風の神子ウィンディア様、水の神子アクアマリン様でした。
神子様方の仰る通りです。
確かに風は弱々しく、湖の水位は下がり、気温も下がっています。
「この大陸全体から、力が失われているのかも」
そう言ったのは、アルジェラ様でした。グルースさんに手を引かれて現れました。
「精霊様がいなくなったから?」
「……かもしれない。違うかもしれない……だが、原因はひとつしかない」
レイシアちゃんが後ろを向きます。そこには、隠し通路がありました。
コーマさんが入っていった転移陣のある部屋。
「……あそこで何かあったのかも。コーマ様の身に何かが」
「ダーリンに!?」
アクアマリン様の言葉に、ウィンディア様がひどく取り乱しました。
「こうしてはいられません、すぐに私が行って――」
「待てっ!」
すぐに転移陣へと向かおうとするウィンディア様をレイシアちゃんが取り押さえます。
「精霊の力のないアルたちが行っても、邪魔になるだけ」
「アルジェラの言う通りです。神子様方がしないといけないのは、この異常事態において混乱しているだろう国民たちを導くことです」
アルジェラ様の意見に、グルースさんが同調しました。
せめてコーマさんに状況を伝えようにも通信イヤリングは使えません。コーマさんに連絡を取ろうと使ってみたのですが、うんともすんとも言わないんです。
「それならばせめて兵だけでも!」
ウィンディア様がそう叫びました。
「あの中に兵を送るには数が少ない。聖竜様のゴンドラを使っても運べるのは一度に数十人程度だし、なによりこの異常事態に兵を送り出すことはできん」
ウィンディア様の意見にレイシアちゃんが反論します。
「……動かせる人間は限られていますからね。サクヤさんも現状は動けませんから」
アクアマリン様は、どこで誰が聞いているかわかりませんので明言はしませんでしたが、彼女は今現在、シルフィア様そっくりのゴーレムに対し、裏で指示を出すことに集中していますし、それはシルフィア様の側近である彼女にしかできません。
「動けるのは――」
アルジェラ様の、アクアマリン様の、ウィンディア様の、そしてレイシアちゃんの視線が私に向けられます。
でも……でも私は――私が――
「私が行っても……コーマさんの役に立たないです」
私は呟きました。
ずっと考えていました。
コーマさんと一緒にいる時、ずっと。
私は……私はコーマさんの役に立っていない。それは何度も思いました。コーマさんの隣で戦える人間になろうと。コーマさんの役に立とうと。でも、今回はダメなんです。
役に立たないだけではありません。
私は、足手まといでした。
コーマさんがアルジェラ様と戦う時、私は捕まってもいないのに魔王ベリアルの人質となり、コーマさんの足かせになりました。
そんなことがもう一度ないとは言えません。
「クリスティーナさんが行かないのなら、やはり私がダーリンのところへ!」
「だから行くなと言っているだろう! クリス、お前が行け!」
「……でも」
「でももへったくれもない! 役に立たなくても構わん! このまま放っておいてもウィンディアが暴走するだけだ。コーマに現状を伝えるだけでも構わん! 早く行け!」
「……わかりました」
レイシアちゃんの言葉に、私は小さく頷くと、転移陣へと向かいました。
梯子を降りて青く光る転移陣を見つめます。
心なしか、さっきよりも光が強くなっている、そんな気がします。
転移陣の前ならもしかしたら、と通信イヤリングを使ってみましたが、やはりコーマさんに連絡を取ることはできませんでした。
それならばと、私は一歩転移陣の中に入りました。
すると――世界の景色が代わり、私の目の映ったのは――
「え? なに? ここ――」
そこは見たことのない町でした。
本当に見たことのない――変な町でした。
固められた石の道。でも石畳や砂利道ではありません。
まるで一枚の岩のように固まった道がどこまでも続き、その両脇には壁があります。ところどころ、支える屋根もないのに灰色の柱が立っていて、柱と柱を繋ぐように黒い紐が張られています。
しばらく謎の町を歩いてみましたが、人も動物も、誰もいません。
壁の向こうには民家と思われる家がありますが、誰も住んでいないようです。
壁沿いにあるくと玄関がありました。扉の形も変わっていて、押すのではなく、横に開く扉のようです。
入ると薄暗い玄関がありました。
「すみません、誰かいませんか?」
そう叫んで暫く待ちましたが、誰の返事もありません。
いけないこととは思いながらも、私はその家の中に入りました。
家の中は短い廊下があり、先ほどと同じように横開きの――しかも紙の扉が二つ、さらに奥には木の扉がありました。
紙の扉を開けて見ると、そこにあったのは――
「これは……タタミ?」
コーマさんの家(魔王城)にあるそれと同じものが敷き詰められていました。
そして、卓袱台と呼ばれた机もあります。
私は土足のままタタミの上にあがろうとし……ルシルちゃんからタタミの上にあがるときは土足厳禁だと言われていたことを思い出し、靴を脱いでタタミの上にあがりました。
「……凄い」
タタミの部屋の奥にあったのは、カーテン――それを開けてみると、一枚の透明なガラスがありました。
一枚ガラス、こんな平らで綺麗なガラスが一般家庭と思われる家にあるなんて。
天井からぶら下げられた紐をひっぱると、魔力灯の光が輝きました。
部屋には他に、映像受信器のような四角い箱がありますが、スイッチを入れても灰色の砂嵐のような映像が流れるだけです。映像送信器がないのでしょう。
そのテレビの横に、黒く四角い箱がありました。
その箱には、四つのボタンがあります。
「んー、これかな」
とりあえず勘でボタンを押してみました――が何もおきません。
それならばと別のボタンを押したときです。
『××××××××××××××××』
その箱から軽快な音楽とともに、何かの呪文のような声が聞こえてきました。
これは一体……一体なんなんですか?
通信イヤリングのように音声を伝える道具?
「あ……そうです!」
通信イヤリング、もしかしたら迷宮の中なら聞こえるのでは?
と私は通信イヤリングを手に取ります。
すると――
『クリス、聞こえるか?』
「コーマさん、聞こえます! それより、地上が大変なんで――」
『ちょっと待て! 静かにしろ!』
コーマさんが叫びました。
私は何事かと思いましたが、声を殺します。
しばらく待ちました。
「あの……コーマさん」
『クリス、お前、今どこにいる?』
「それが、転移陣に入ったら知らない町の中にいて――」
『そっちに音楽が流れているか?』
「はい、その町の家の中にあった黒い箱のスイッチを入れたら急に謎の音楽と声が聞こえてきて」
『……なんで日本語の音楽が流れてるんだよ!』




