日常の瓦解
~前回のあらすじ~
ルシル料理不発
ルシル料理の魔の手から逃げられる猛者は当然、この会場にいるはずもなく、無数に現れた犬たちは会場にいた男たちの胃袋へと入っていく。ただ一匹をかろうじて捕らえたが、事態は最悪だ。
会場中はパニック。幸い、あの謎の犬がルシルの料理だと気付いている者は誰もいない(見た目は犬なので当然だ)。だが、謎の不味いものを食べたということで会場中の皆は自分の体に異変がないか触診して調べたり、頑張って食べた物を吐き出そうと喉に手を突っ込んだりしている。
(おかしい――おかしすぎる)
一体、どういうことだ?
とりあえず会場のパニックが収まるまで、ルシルを連れて俺は会場から少し離れることにした。
俺の腕の中で暴れる小さな犬を見る。
「コーマさん、お祭りに行くなら行くって言ってくださいよ。私だってみんなと見て回りたいんですから」
「あぁ、クリス、ちょうどいいところに来た」
俺は犬の腕を引っ張る。
すると、スポっと抜けた。最初からこうして抜けるみたいな感じだ。
たぶん、四本の腕はソーセージに該当する部分なのだろう。
そして、腕を引っこ抜くと、俺の腕の中の犬は大人しくなった。傷ついて弱ったのではなく、何かを期待するような目で俺を見ている。
「きゃぁぁぁ、コーマさん、何するんですか、可愛いワンちゃんに!」
「まずはこれを食べてから言え」
俺はクリスの口の中に犬の腕を押し込む。
「…………רΦ@#&A」
声に鳴らない悲鳴(?)を上げ、クリスは倒れた。
顔に青と緑と赤の斑点が浮かびあがり、その斑点が光り輝いている。
診察スキルで状態を確認すると【状態:人間イルミネーション】となっていた。
クリスマスに人気が出そうな状態異常だ。
アイテムバッグからアルティメットポーションを取り出して蓋を開け、クリスの口の中に流し込む。
クリスは息を吹き返し、一命をとりとめた。
「がほっ、何するんですか、コーマさん。見てください、まだ髪の先がちょっと光ってますよ!」
「ホタルみたいで綺麗だぞ」
「そういう問題じゃありません。はぁ……ルシルさんの料理初めて食べましたけど、こんなことになるんですね……」
「ねぇ、クリス、どうだった? おいしかった?」
何か期待する目で尋ねるルシルに、クリスは頬をひきつらせた。
こいつは……会場の阿鼻叫喚を聞いてなかったのか?
俺はそんな疑問を持ちながらも、アルティメットポーションを取り出し、クリスに渡し、
「じゃあ、後は頼む!」
俺はそう言うと、残りの犬を口の中に入れた。
《中略》
ということで、ルシル料理の殺傷力は再認識した。全く、クリスの治療が遅かったらやばいことになってた。
「コーマさん、なんで食べたんですかっ! 今回は本当に死ぬところでしたよっ!」
「俺が食べないで誰が食べるんだ?」
「……燃やすとか埋めるとかすればいいんじゃ」
「お前が残りも食べるっていうのか?」
「……すみません」
クリスは謝った。
全く、アルティメットポーションがあったからよかったものの、本当に普通なら死んでるぞ……ってあれ?
「なぁ、アルティメットポーションってなんで俺、こんなもの持ってるんだっけ?」
ルシル料理を食べたらアルティメットポーションを飲むという一連の動作のせいで当たり前に飲んでいたが、そもそも、俺は鍛冶師のはずなのにどうして?
いや、そもそもルシル料理ってなんなんだ?
ルシルって、普通の女の子だよな? なんで料理が化け物になるんだ?
……考えてみれば、わからないことだらけだ。
なんだろう、当然に暮らしていたはずなのに、その当然がおかしい気がしてきた。
俺はどうしてこの町に来た?
なんで鍛冶師になった?
俺の両親は?
ルシルの両親は?
疑問が瓦解のように押し寄せる。
そのたびに、答えは用意される。
俺は鍛冶スキルを持っていたから鍛冶師になった。
俺の両親もルシルの両親も既に他界している。
だが、それらの答えが、まるで他人事のように思えてきた。
俺の中の一番大事な感情は何だ?
決まっている、ルシルへの愛情だ。それだけは絶対に嘘ではない。そのはずだ。
その出会いだけは絶対に嘘ではないはずだ……そう思ったのに。
何か今の自分にはない別の記憶が流れ込んでくる。
『私はルチミナ! 大魔王ルシファーの娘、ルチミナ・シフィルよ!』
……大魔王? そんなお伽噺みたいな話があるのか?
『72財宝。私の世界に散らばるそれらの財宝を、あなたの手で集めなさい!』
72財宝? なんだ、それは。そんな物を集めていた記憶なんて……。
いや、集めていた気がする……そう、ルシルのために俺は72財宝を集めていた。
俺は……俺は一体なんなんだ?
俺の心の最奥にある、とても重要な記憶がよみがえった。
涙の痕が残っているルシル――彼女は俺に笑顔でこう言った。
『ずいぶん優しい魔王様ね』
…………!?
そうだ、思い出した。
俺は魔王だ! 鍛冶師なんかじゃない!
「……思い出した」
「コーマさん! ほら、やっぱり私、勇者じゃないですか!」
「クリスも記憶を取り戻したか! 流石は自称勇者だな!」
「自称じゃないって言ってるじゃないですか!」
クリスはそう言って、自分の胸に輝くブローチを見せてきた。
どうやら、本当にクリスも記憶を取り戻したようだな。
「……コーマ、どうしたの?」
「ルシル……俺はお前の婚約者なんかじゃない」
「……え? 何言ってるの? コーマ、私の事が嫌いになったの?」
「俺がお前のことを嫌いになんてなるものか。俺が言いたいのは、俺とお前は婚約者なんて甘い関係じゃない。もっともっと深い関係なんだ。それを思い出せ!」
俺はそう言って、アイテムバッグからアルティメットポーションを出して、ルシルの口の中に流し込んだ。
本日、異世界でアイテムコレクター発売日です!




