日常の中の違和感
ルシルとクリスの朝ごはんを作り、俺はベッドで横になった。
調理器具などは放ったらかしだ。昨日一日中剣を叩いていたから、さすがに今日は疲れがたまっていた。
寝るかと思って、俺はベッドに向かう。
もちろん、ダブルベッドではなく、ツインベッドだ。
婚約しているとはいえ、俺はルシルには指一本触れていない。せいぜい頭を引っぱたく程度だ。
ルシルのことは愛しているが、性的な目で見ることはほとんどない。そのたびに俺はロリコンではないんだと実感できる。
「あ、コーマ、仕事終わったの?」
「……ルシル、起きてたのか?」
「私って寝なくても平気みたいなのよね」
そんな人間はいないだろ……と思ったが、まぁ、ルシルは昼間何もせずに寝ているからな。そのせいで眠りも浅いのだろう。
まぁ、ひとり寂しく眠るよりはいいか。
俺はベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめた。そして、ポケットに手を突っ込み、ルシルにそれを投げた。
小さな包み紙に入ったものだ。
ルシルはその包み紙を受け止めて見つめた。
「チョコレートだよ。食べたら歯を磨けよな」
その言葉とともに、柔らかい枕から脱出した俺が見たのは、
「ありがと、コーマ♪」
満面の笑みで俺を見て来たルシルだった。そんな彼女の顔を思わず食い入るように見てしまった俺は――枕に顔を埋めた。
胸がドキドキする。なんだよ、これ。俺はロリコンじゃないって言ってるだろ。
あぁ……あの言葉は本当だな。
惚れたほうが負けだ。
……でも、こんな負け方なら幸せ……かな。
※※※
起きた時は既に昼過ぎだった。
夜明け前に帰ってきたから、少なくとも七時間は寝た計算になる。こんなに寝たのも久しぶりだ。
昼ごはんは用意していなかったが、ルシルは大丈夫だったかな? と思ったが、まぁ大丈夫かと思った。
ルシルをある程度知る者ほど意外と思うだろうが、ルシルは小食なのだ。特に嗜好品以外は自ら進んで食べようとしない。俺が用意しないと全く食べないほどだ。本人が言うには、食べなくても別段構わないそうだ。
寝なくても平気、食べなくても平気って、まるでアンドロイドみたいな奴だな。
(…………?)
一瞬、自分の思考に何か妙な単語が浮かんだ。
アンドロイド?
なんだ、アンドロイドって?
「ど忘れ……なのか?」
明らかに、俺はその単語の意味を知っていて使った気がするんだが。
ま、考えてもわからないなら仕方ないか。謎の単語を心の片隅に留めながら、俺はベッドから抜け出した。
当然、ルシルはもう起きている。
「コーマ、おはよう」
「コーマさん、おはようございます!」
二人揃って、何かの肉の串焼きを食べていた。
串焼きはどうやら俺の分もあるらしく、お皿に大盛りで乗っていた。
それを、鑑定スキルを使って何の肉か調べてみた。
こういう時にこのスキルは便利だよな。
……………………………………………………
ケラケブラス串焼き【料理】 レア:★★
ケラケブラスの肉を串に刺して焼いたシンプルな料理。
ケラケトラスは高級食材なので使われていない。
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……え? ケラケブラスって何?
「コーマさんも食べますか? ケラケブラス串焼き」
「祭りの屋台でクリスが買ってきてくれたのよ。ケラケブラス串焼き」
……なんなんだ? 当たり前のように食べているケラケブラス串焼きって?
これも俺の知らない言葉だ。
もしかして、これもど忘れなのか?
俺は串を一本持ち上げた。
匂いはいい。塩と胡椒がふんだんに使われている。
何の肉かはわからないが、ふたりとも美味しそうに食べているしなぁ。
目を瞑り、一口食べてみた。
「ん、うまいな、これ」
味は牛肉に近い。脂が少なく少しパサパサしているのが、旨みは牛肉よりある。難点だが、屋台の肉としては十分及第点だ。
ケラケブラスが何なのかはわからないが、もう二本ほど貰う事に。
「あ、クリス、ホラよ」
俺は部屋に置いてあった鞘を一本渡す。
「何ですか? これ」
「俺の打った聖銀の剣だ。大事に扱えよ」
「え? コーマさんの剣!?」
クリスは俺から貰った剣を鞘から抜き、その光輝く刀身にうっとりしていた。
俺の唯一の成功作だからな。大事にしろよ。
喜ぶクリスを見て、俺の口も僅かに綻ぶ。
そして、俺は台所に向かい、放っておいた調理器具や朝食用のお皿を洗おうと思ったが――
「あれ?」
調理器具も食器類も既に洗い終わっている。
(クリスが一宿一飯の恩義に洗ったのか?)
「なぁ、クリス――って聞いちゃいないか」
クリスは俺が用意した剣に完全に魅了されていた。この武器マニアめ。
当分こっちには戻ってこないな。
さて、どうしたものか。
とルシルを見た。
『ありがと、コーマ♪』
……今朝の笑顔が忘れられない。
緊張するな、チクショウ。
……いっそのこと祭りにでも誘ってみるか。
「……ル、ルシル。ひとついいか?」
と言って、思った。断られたらどうしようか? と。
いや、まぁ、ルシルが俺の申し出を断るのはいつものことなんだけどさ。
「コーマ、お祭りに行きましょ!」
「……え?」
「おいしい食べ物もいっぱいあるみたいだし……ね?」
笑顔で俺を下から覗きこむように誘うルシルを見て、またドキっとしてしまった。
だが、なんだろう。朝とは違うこの心臓の鼓動。
俺は何かを恐れている。
だが、それが何か、この時は全くわからなかった。




