錬金術の謎
「あの、クルトくんはコーマ様の弟子なんですよね?」
「はい。師匠にはメイベル店長以外には黙っておくように言われていますが」
コーマ様の秘密主義はここでも徹底されているようです。徹底はされていますが、詰めは甘いんですけどね。
クルトくんは、この店に来て、今まで品薄状態だった解毒ポーションをはじめとして、様々な薬を錬金術によって作り出していて、大口の注文も決まっています。
そんなクルトくんを一から育てたのがコーマ様というから驚きです。
だから、私は気になったことをクルトくんに尋ねました。
「……コーマ様の腕はもっと上なの?」
「はい、もちろんです」
クルトくんは即答しました。
「師匠の腕は、そうですね。奇跡ですよ」
……奇跡、そこまで言わせるのですか、コーマ様。
正直、クルトくんの錬金術の腕だけでも、お父さんがかつて作っていたエルフの秘薬と同じくらいの効能はあるんです。
解毒ポーションのおかげで、店には連日、感謝の手紙が届くようになりましたし。
さらに、薬=苦いものという概念を排した、苦くない薬を作っていて、子供を持っているお母さん方にも評判がいいんですよ。
そのクルトくんにそこまで言わせるコーマ様の薬の腕前。
そういえば、コーマ様が月に一度、アルティメットポーションという名前の薬を持ってきます。
その効果はいかなる怪我でも、全ての状態異常をも回復させる薬で、初回のオークションで金貨85枚で売れ、第二回オークションではその効能の噂はさらに広まり、金貨200枚で売れました。
もしかしたら、コーマ様のことですから、そのアルティメットポーションも自分で作られているのでは?
と思ったことがあり、聞いたことがあります。
その時のコーマ様の答えは、
「あぁ、うん。アルティメットポーション。あれだけは本当に俺が作ったんじゃないぞ」
と、あたかもアルティメットポーション以外の薬は全て自分で作っているかのような台詞でした。
でも、それなら、アルティメットポーションはいったい誰が作っているんでしょうね?
「アルティメットポーションは知りませんが、コーマ様がお作りになられた薬は、一滴垂らしたら数百年も仮死状態の巨大な亀を一瞬のうちに治療するほどの薬です」
「一滴で? 飲んだんじゃなくて垂らしただけで?」
「はい、傷口に一滴垂らしただけです」
「……それって、明らかにアルティメットポーション以上の薬ね」
冷や汗が止まりません。
一滴垂らしただけで仮死状態の治療までも行うとは。そこまで来たら、もう伝説の秘薬レベルです。
さすがはコーマ様ですね。
コーマ様が凄腕の錬金術師だというのはこれで確定ですね。もっとも、コーマ様は最初に私に会った時から、自分の事を錬金術師と名乗っていましたから、それは間違いではないのでしょう。
「コーマ様は金属の精製については何か教えてくれなかったの?」
「いえ、師匠は僕には薬の作り方しか教えてくださりませんでした。レシピも」
嬉しそうにクルトくんは言いました。
錬金術師はアルケミーという魔法を使い、複数の素材(時には一つの素材)から別のアイテムを作り出す職業です。
そして、アイテムを作るには、レシピが必要になります。そのレシピは秘伝のものも多く、またレア度の高いアイテムのレシピを作れる人間は限られています。コーマ様が作ったというその薬のレシピがあるのだとすれば、きっとその薬のレシピだけで国がひとつ買える価値があるでしょう。
もっとも、その薬を作り出す錬金術師がいるとは思えませんが。
「よう、ふたりで何を話してるんだ?」
クルトくんの部屋からコーマ様が寝ぼけ眼で現れました。
「師匠、おはようございます」
「コーマ様、いらっしゃったんですか?」
「あぁ、ちょっと避難していてな」
避難?
いったい、何から避難しているというのでしょうか?
「クルトくんと、コーマ様の錬金術師の技術を話していたんです。やはりコーマ様は凄いお方でした。それがわかりました」
私が言うと、コーマ様は少し困ったような顔になり、頬をぽりぽりとかき、
「凄いって言われても、これは借り物の力だしな……それに、俺よりももっと凄い人間はいるぞ?」
「……それはコーマ様の師匠でしょうか?」
「俺の師匠……ってわけじゃないんだけどな。でも、本当に未だに理解できないんだよな」
コーマ様は背筋を震わせます。
「……例えば、俺やクルトは、薬草と蒸留水からポーションを作るけどな。世の中には水と薬草からドラゴンを生み出す奴もいるんだぞ」
「ははは、コーマ様もそんな冗談を仰るんですね? ……え? 冗談ですよね? 冗談……なんですよね? え? クルトくん?」
何故かクルトくんも顔を真っ青にして震えました。
……えっと、錬金術師の中には、もしかしたら私の知らない謎がまだまだあるのではないでしょうか。
クルトはルシルの焼き魚を目撃しています。




