メイベルの悩み
突然の申し出に私の顔は真っ白になります。
え? 妻になってほしいって、私と結婚をしたいってことですか?
「……あの、まだお互いの事を良く知りませんし」
「申し遅れた。私の名前はゼルギア。サハイラ商会の総帥をしています」
「総帥!?」
上司というから支部長の方かと思ったら、まさかの総帥様でしたか。
「ゼルギア様、私は――」
「失礼ですが、あなたのことは調べさせてもらいました」
そうでしたね。彼は私のことを調べているのは気付ています。この宿の一室に入った時点で。
「それならば御存知でしょう。私は奴隷です。主の許可なく誰かと婚姻を結ぶことはできません」
「もちろん知っている。君の主人はコーマという男であり、君の店のオーナーであることもね。もちろん、それは知っている。もしも君が私の妻になってくださるのなら、一度、君の主人から君を引き取り、君を奴隷という不相応な身分から解放した後、私の妻になってもらうことにするつもりだ」
「……どうして、そこまでして私と婚姻を?」
「もちろん、君に私の仕事のパートナーになってもらうためだ。私は無駄が嫌いでね。安宿に泊まるのもそれが理由です。ここはラビスシティーで一番安いですが、宿の主人は裏の世界にも顔は通じるらしく、宿の中で起きた犯罪件数はゼロ件。防犯上も問題がなく、ベッドの質も十分に眠れますからね」
「……つまり、私と結婚をしたいのは、私を従業員として雇うため、ということでしょうか?」
「それは違いますよ。私が欲しいのは先ほども申したように、仕事のパートナー。対等な立場の、そして裏切らないパートナー。あなたにはその資質がある。先にコーマ殿ではなく、あなたに声をかけたのは、私の偽りのない心を示し、あなたから信頼を得るため。商売にもっとも重要なのは信頼ですからね」
商売にとって最も大切なものは信頼。
それは私も常日頃思っていることです。
「答えはすぐには貰わなくても結構です。ですが、時間はあまり無駄にしたくありません。明日、この時間にフリーマーケットに赴きますから、その時に答えをお聞かせください」
「……かしこまりました」
私は荷物の受け取りのサインを頂き、ひとりで家に帰ります。
……コーマ様、もしも私がゼルギア様と結婚するとなったら、どうするんだろう?
コーマ様のことです。私の幸せのためだと思って、私をゼルギア様に売ってしまうでしょうね。
私がいなくなったらお店は……それも大丈夫でしょう。リーもファンシーも、すでに商売人としての実力は他の店の店長と比べても遜色はありませんし、とても真面目で誠実です。
ふたりがいれば、フリーマーケットが潰れることはありません。いえ、コーマ様の仕入れてくださる商品があれば、今以上に盛り上がることは間違いありません。
わかっています。私が考えないといけないのは、コーマ様の気持ちではなく、私の気持ちなんですから。
「……私の気持ち……か」
私が商売をしたいと思ったのは、お父さんの影響です。
お父さんが働く姿を見て、お父さんに笑いかけるお客様を見て、こんな仕事をしたいなと思いました。
それがいつの間にか、お父さんの死が、今のフリーマーケットで――お父さんが働いていたお店で働くことが目標になって、次にフリーマーケットを大きくすることが目標になっていました。
でも……それは違うんじゃないでしょうか?
どこで働こうとも、お客様の笑顔はそこにあります。その笑顔で、私は笑顔になれます。
ならば、私の事を必要にしてくださるゼルギア様と婚姻を結ぶのも……。
足取りがとても重く、フリーマーケットの店への距離が延々と続くのではないかと思いました。




