突然の……
コーマ様がコーマ様でコーマ様だからコーマ様なので……。
コーマ様について考える毎日が続きます。
考えてみれば、いえ、考える前から知ってはいて、できるだけ忘れようとしていたのですが、私はコーマ様のことを何ひとつ知りません。その職業すら不明なのです。
勇者の従者であり、鍛冶師であり、錬金術師でもあり、この店のオーナーでもある。
クリスティーナ様の話では、戦闘の力量は超一流だそうですが、冒険者としての実績はあまりないそうです。冒険者マニアのクリスティーナ様が仰るのですから間違いありません。
それに、どこに住んでいるのかもわかりません。
前はギルドの前の宿屋で部屋を借りていたそうですが、今は使っていないそうです。
たまに店の倉庫の中の仮眠室で寝ていることがありますが、その時は「料理が……料理が……ほうれん草のお化けが襲ってくるよ」と赤ちゃん返りした人のような寝言を言います。本来なら可愛いと思うかもしれませんが、その苦しみ方が真に迫っていて、思わず手を握って、大丈夫ですよ、と言うこともなんどか。するとコーマ様は目を覚まして、私の顔を見て安堵なさるのです。本当にどんな夢を見ていたのか不明です。
コーマ様は、今日はギルドからの依頼で迷宮に潜っています。
「では出かけてきますね」
今日、午後二時から一時間。私は休憩時間を貰っています。
荷物を持って。コーマ様に頼まれていた仕事です。
「はぁ……」
コーマ様の仕事の内容を思い出すとため息しか出てきません。表向きはギルドからの依頼だそうですが、本当はエリエール様からの依頼みたいなのです。クリスティーナ様がとても嬉しそうに話していました。あの方は、公開されている歴代勇者は全員覚えていますからね。先輩勇者の依頼ということもあって張り切っていたのでしょう。ご自分も勇者であることを忘れている気がしますが。
私が路地を曲がると、男三人が前に現れました。
さらに、後ろからも二人の男性が来て挟みます。
「おうおう、フリーマーケットの店長さんだな」
「悪いことは言わねぇ、ちょっと俺たちに付き合いな」
「一体何を持ってるんだ? ちょっと俺たちに見せてくれないか?」
このかたたちは……
「先週と先々週にポーションを一本お買い上げのお客様ですね。何の御用でしょうか?」
「……俺たちのことを覚えているのか?」
「はい、順番に交代で七度ほど入店されて店内の様子を窺っていたのは存じ上げています」
「そうか、さすがは町で一番の商店の店長だな。ならば、この状況もわかるだろ。黙ってついて来たら怪我はしないぞ」
……そう、彼らの目的は私の誘拐です。
私は見ての通り奴隷ですからね。私がお金を管理しているとは思っていないのでしょう。
「……ちょっとお待ちくださいね」
私はそう言うと、腰につけたアイテムバッグから、マスクを取り出して口に着けました。
「がはは、変装するなら店を出る前にするんだな」
「あ、いえ、そういうわけではないんですけどね」
というと、私は鞄の中から小さな球を取り出して、それを地面に投げました。
すると、球が破裂し、辺り一面に催眠ガスが溢れました。
コーマ様が万が一のためにと用意してくださった使い捨ての爆弾です。非売品なので決まった値段はありませんが、代金は眠っている皆さまに請求しましょう。
それにしても、本当にコーマ様はお優しいです。従業員の皆を心配し、こうして様々な防犯用のグッズを用意してくれていますが、その種類が多すぎるだけでなく、中には簡単に人を殺してしまうほどの殺傷力を持つ武器もあるので、選ぶのが大変です。
睡眠ガスの効き目を防ぐマスクをしたまま路地を出て、ギルドに向かい、事情を説明。
男達を連行するように頼み、路地に戻ったら、やはり男達はまだ寝たままでした。ですが、その身ぐるみは剥がされています。
寝ている間に誰かに服を持って行かれたのでしょうね。
……ご愁傷さまです。
「それでは、私はここで失礼します」
私はそう言うと、その先の安宿に向かいました。
宿のロビーには誰もいなかったので、そのままお客様の部屋に向かいます。
扉を三度ノックし、
「失礼します。フリーマーケットから商品をお届けに参りました」
「開いていますから入ってください」
若い男の人の声がしました。お客様を疑う訳ではありませんが、一応、腰の携帯武器の場所を確認しました。
そして――扉を開けると、そこにいたのは肌がよく日に焼けた、ターバンを巻いた商人風の若い男の人がいました。
「……悪いね、そこに置いてください」
「中身の確認はよろしいですか?」
「君のことは信用しているよ、フリーマーケットの店長さん」
……私は店長と名乗った覚えはありませんし、このかたが店に来られた記憶はありません。
私が疑問に思っていると、
「以前は私の部下が粗相をしたようだ。お詫びをしよう」
「部下の方が?」
「あぁ、タブタという部下だ」
……コメットちゃんを買おうとした商人ですね。一瞬、タブタ様にコメットちゃんが買われていたら、彼女は死ななかったのでは? と思ってしまい、私は自分で自分を責めそうになりました。
ですが、それは違うと自分に言い聞かせます。コメットちゃんはコーマ様に出会えて幸せだったと信じます。
そして、私は気持ちを切り替えました。
タブタ様の上司ということは、大陸でもサフラン雑貨店と同規模、いえ、もしかしたらそれ以上の流通網を持つ遥か南の大国マヒラグナ一にあるサハイラ商会の方ですね。
「欲深く、商人としての資質は買っていたのだが、規律を守らなくてな。先月、独立させたよ。もっとも商売は全く上手くいっていないようだが」
「独立をさせた?」
「あぁ、彼は私の店の従業員の大半を引き抜いて独立しようと画策したのさ。もっとも、彼についていったものは誰もいなかったが。タブタもまさか思いもしなかっただろうね。彼に従業員の引き抜きを唆した者全員が私の忠実な部下だったとは」
その情報に、私は何を思ったのかはわかりません。コメットちゃんのことはありましたが、別にタブタ様に直接何かされたわけではありませんし。
「お詫びの必要はありません。タブタ様には商売の提案をしただけで、それは私の仕事ですから」
「そう言ってもらえると、今後の商売がしやすくなるよ。メイベル店長、ぜひ君にお願いがある」
彼は私を見て言いました。
「ぜひ、私の妻になってくれないか?」




