コーマとエリエール
突然のライバル店の店長の襲来に、私の頭の中は真っ白になりました。
「……すみません、今は私以外のものは出払っておりまして、大したおもてなしもできませんが……」
「そのようですわね。あなたと私以外はお客様もいないようですし」
誰のせいですか、誰の。と罵りたい気分ですが、たとえ心の中でもそれは言ってはいけません。商売は誰かを幸せにする反面、誰かを不幸にすることもあります。それはほとんどの場合、商売敵の人ですね。私の店がこれまで儲かっている分、他の誰かが損をしている可能性もあるのですから。
「店内を見せていただいてもよろしいかしら?」
「はい、御案内しましょうか?」
「そうですね。お頼み申し上げますわ」
エリエール様の頼みで、私は店の中を案内しました。
彼女は特にオーナーコレクション……コーマ様が特別に用意した商品を興味深げに見つめていました。
「凄いですわね。名前しか聞いたことのないものばかりですわ」
「さすがはサフラン雑貨店の店長ですね。我々店員を含め、ほとんどのお客様は名前を見るのもはじめての品ばかりなんですが」
「ええ、前の職業柄……なんでもありませんわ。少々浮かれていたようですわね」
前の職業柄……そういえば、エリエール様が勇者になる以前の経歴はいくら調べてもわかりませんでした。
それと何か関係があるのでしょうか?
「あの、先ほどエリエール様は、あの方のお店と仰っていましたが、当店のどなたかのお知り合いでしょうか?」
「ええ、この店のオーナーであるコーマ様と少々話をしましたわ」
「……どのような話を?」
「とても大切な話ですわ」
そう言ったエリエール様の頬が少し朱色に染まった気がしました。
これは、普通に商売の話をしたとかではないはずです。
「それにしても、本当にいい品がありますわね。このレイピアをいただけるかしら?」
エリエール様が言ったのは、金貨52枚相当の大変高価なレイピアです。コーマ様が仕入れた品です。
シルフのレイピアという名前の細剣です。
「金額に見合う良剣ですわ」
「よろしいのですか? サフラン雑貨店では様々な剣も扱っているはずですが、他店の武器を使うということは」
「ええ、認めますわ。武器の性能はわたくしどもの店よりもはるかに上だと。そうですわね、わたくしの店では大量生産のものを扱い、一点物のオーダーメイドの品は扱わないことにしましょう」
「……簡単にそのようなことを決めてもよろしいのですか?」
「ええ。性能にこだわりを持つお客様がいらっしゃったら、それとなくこちらの店に行くようにお勧めしますわ……どうせ、最終的には……ふふふ」
彼女は何かを思い出すように笑うと、店を出て行かれました。
……コーマ様、いったい何を……いったい何をなさったんですか?
※※※
コーマ様が店に来られたのはその翌日でした。
手には多くの商品になるものを持っています。
私はそれらの商品をコーマ様と一緒に倉庫に運びました。
これらを売るだけでも一年分の店の維持費にはなりますね。
「相手さんも流石だな」
コーマ様は店の状況を見て、そう呟きました。
店は閑古鳥とまではいいませんが、客の数は完全には戻っていません。
今日もファンシーとリーは残りのチラシを配りに行っています。
「今だけですよ……相手に合わせることなんてありません、こちらはいつも通りでいたらいいんです」
私が言いました。商売敵の言葉を全面的に信用することはできませんが、エリエール様の言葉が本当なら、今後、売り上げは元に戻るどころか、隣の店との相乗効果でさらに売り上げが上がるかもしれません。
「なんだ、わかってるじゃないか」
コーマ様は先ほどと変わらない笑顔で私の頭をぽんぽんと二回叩きました。
まるで子ども扱いです。
それはたしかに、エリエール様と比べたらメリハリのない体ですが、子ども扱いされるような年齢ではありません。むしろエリエール様よりコーマ様に年は近いはずです。
「コーマ様はずっとうれしそうですね」
「あぁ、珍しい品が山ほどあったからな」
「行かれたんですか!? あの店に」
「ん? 言ってなかったか? 開店前日の昼から並んで一番乗りしたぞ」
てっきり黙っておられると思ったのですが……コーマ様が何を考えておられるのかわかりません。
エリエール様の含みのある言葉も気になりますが。
でも、コーマ様はこの店のオーナーです。きっと店のオーナーとして行ったのでしょう。
そうです、市場調査です。コメットちゃんが得意だった市場調査、彼女が抜けた穴を塞ごうとコーマ様自ら動かれたに違いありません。
「偵察に行かれたんですか、どうでした?」
そうです、コーマ様は偵察に行かれたんです。
その後、コーマ様から聞いたのはおおむね私が持っている情報と差異のないものばかりでした。
最後に、
「ま、うちにはうちの戦い方があるだろ? 暫くは様子見でいいんじゃないか? 金には余裕もあるだろ」
と、まるでエリエール様と私との間の話を聞いていたかのような口ぶりです。
「わかりました。では、今まで通り営業を続けます」
「ああ、無理しないでくれていいからさ」
どういう意味、どういう意味なんですか、コーマ様。
それはもしかして……いえ、それ以上は考えないようにしましょう。
きっと、コーマ様にも何か考えがあるのでしょう。
コーマ様が帰り、暫くするとファンシーとリーが帰ってきました。
「お疲れ様、ふたりとも。執務室の冷蔵庫に冷たい水を入れていますから飲んでくださいね」
「ありがとうございます、メイベル店長」
「本当に喉乾いたわ。そういえば、コーマを見たで」
「先ほど、オーナーと一緒に剣を持ってこられましたから」
「うわ、オーナー来てたんか。会えるチャンスまた逃したわ」
リーは残念そうに言います。オーナーがコーマ様だというのはまだ黙っておくように言われていますので、二人には伝えられません。
「でもな、メイベル。オーナーはともかくとして、コーマ、ちょっとやばいかもしれんな」
「やばい? コーマ様がですか?」
確かにコーマ様は常識がないところはありますが、やばいということは無いと思います。
「さっき、また会って何か大切そうなことを話してたで……」
「誰と?」
私が尋ねると、ファンシーが答えた。
「コーマ様、公園で隣のサフラン雑貨店の店長さんと、何か大事な話をしているようでしたの」
…………え?




