ライバル店の開店
閉店後、作戦会議が行われました。
議題はもちろん、サフラン雑貨店の対抗です。
「対抗するなら、一番簡単なのは客層の差別化じゃないかしら?」
ファンシーの言う意見はもっともです。サフラン雑貨店では、宝石や貴金属類も扱っていますが、メインは薄利多売。オープンセールの目玉である銅の剣も恐らくは鋳造の量産品を研いだものでしょう。
鋳造された(型を作り、溶融金属を流し込んで固めること)剣は、刀鍛冶が叩き上げるそれと違い、切れ味に大きな差があります。中には鋳造したあとに研いでいない物を売る武器屋もあり、そんな剣では魔物を斬ることはできず、叩くだけの武器になってしまいます。そんな武器を買う人間がいるのかと思うかもしれませんが、実はラビスシティー以外の武器屋ではそうした叩く剣のほうが多いのです。
そういうわけで、鋳造された剣というのは、剣にこだわりの強い人はあまり好んで使いません。
もちろん、全てが鋳造した剣というわけではないでしょうが、この店の商品の中でもコーマ様が仕入れて来た武器は一流の中の一流、業物の名剣揃いです。
「でも、残念ながら上流層のお客様との繋がりが強いのは向こうですよ。サフラン雑貨店の店長は、アイランブルグ王国の貴族なのですから」
私も商売人の端くれ。情報の集め方は心得ています。
サフラン雑貨店の店長は、三年前の勇者試験の唯一の合格者で勇者で、その後、数々の隠された迷宮を発見。そのうちのひとつが貴金属の原石が多く見つかる迷宮であり、その宝石を交渉の材料にし、貴族の養女になったそうです。
世にも珍しい黄金アレキサンドライトの原石は、彼女が発見した迷宮の中でしか発見できず、それを求めて多くの貴族が彼女に近付きます。彼女の機嫌を取ろうと多くの貴族や商人が集まりますから、彼女の店でも一部のフロアは上流階級の方御用達のフロアになるはずです。
「とりあえず、明日の目玉商品は何にするん? やっぱりオーナーに頼んで目玉になる商品を仕入れてもらうんが一番なんとちゃう? おもろい魔道具とか」
「それはダメです!」
私は思わずそう叫んでいました。
ここでコーマ様に頼ることはできません。
この危機は自分で乗り越えないと。絶対に。
……と思っていたのですが、結局、いい案がでないまま、サフラン雑貨店の開店を迎える朝になりました。
案の定というか、店は閑古鳥が鳴いています。
全くいないわけではありません。サフラン雑貨店はあまりの好評ぶりに、入店制限を行っているので、どうしても必要な物があるのに待つのが嫌な人たちがフリーマーケットに来て、商品を買って帰っていきます。
結局、用意した原価ぎりぎりの簡易治療セット(ポーション、止血剤、包帯、消毒液、針と糸)100セットも7セット売れただけでほとんど残っています。
あまりにも暇なので、ファンシーとリーには用意した版画チラシを配ってもらうことにしました。
店の中にいた最後のお客様も帰りました。
その時です。またお客様がきました。
「いらっしゃいませ、ようこそフリーマーケットへ」
たとえ店がどのような状況でも、お客様には関係ありません。私はいつものように最高の笑顔でお客様をお出迎えしました。
入って来たお客様は茶色い縦巻ロールの髪と青いドレスの方です。
どこかのお嬢様でしょうか?
そう思ったら、
「ここがあの方のお店ですわね。店長さんはあなたかしら?」
「はい、私が当店の店長、メイベルです……(あのお方のお店?)」
思わず口に出しそうになりました。コーマ様の知り合いなのでしょうか?
そう思ったら、彼女は言いました。
「はじめまして、メイベル様。私は隣のサフラン雑貨店のオーナー兼店長、エリエールと申しますわ。以後お見知りおきを」
「…………っ!!」
まさかのライバル店の店長の襲撃に、私は息を呑みました。




