ライバル出現
その日、フリーマーケットは未曽有の危機に直面することになります。
フリーマーケットの横の細い道を挟んで隣の建物。
私のお父さんがこの店を経営していた時は宿屋でしたが、オーナーが夜逃げしてから廃屋となっていたのです。
通り魔事件が終わった一週間後からリフォーム工事がはじまり、私達はてっきり新しい宿屋ができると思っていました。
「大変や大変や! メイベル店長、大変やで!」
いつも騒がしいリーが、いつも以上に大きな声で、ノックもせずに事務室に入ってきました。
もともと私達が寝ていた倉庫の一室を、コーマ様が改造し作った部屋です。
椅子も快適で疲れにくく、仕事がとても捗っていました。
とはいえ、朝の五時から八時間ずっと書き仕事を続けると少し疲れますね。
ランチを兼ねて10分の休憩にしましょう。
お昼はファンシーが持ってきてくれたハムトーストと紅茶です。
私がハムトーストを食べようとした、その時でした。
「どうしたんですか、リー」
「これやこれ!」
「……版画チラシ?」
ラビスシティーで製紙技術が発達し、紙が安価で手に入るようになった近年、版画風にチラシを作成して配る。
もっとも、版画を彫ってもらうのに時間とお金がかかるのでいつもいつも作れるものではないのですが。どこかで大規模なイベントでもするのでしょうか?
そう思って私はチラシを見ました。
『アイランブルグで一番のサフラン雑貨店、ラビスシティー支店〇月×日OPEN』
というチラシで一番上にデカデカと、『銅の剣銅貨30枚』と書いている。
青銅製の剣は、うちでは銅貨60枚ですから、半額です。
他にも、ポーションや止血剤、包帯、研ぎ石といった冒険者に必須のアイテムも軒並みうちより安いです。
もちろん、商品の品質で負けているとは思えませんが、ここまではっきりと金額の差を見せつけられたらどうなるのか。
しかも、オープンは明日です。
「どうするん? メイベル店長」
「……そうね、何もしません」
「そうは言うてもなぁ。もう店に並んでる猛者もおるしな」
「もう店に? もしかして、これのためですか?」
【先着100名様に粗品プレゼント】
それでも普通並ぶとしたら明日の早朝でしょうに。
もしくは、サフラン雑貨店で商品を安く買って、他の店に転売しようとする方ですかね?
これだけ安ければ、たしかに転売は有効かもしれませんが、チラシを見る限り転売で儲かる商品には個数制限もあります。
わざわざ並んでまで買う価値はないと思うのですが。
よほど暇な方なのでしょうね。
でも、前日から並ぶ客がいるというのは、店の宣伝効果もあります。
「さっき、隣の美人店長さんと、そのお客さん第一号が楽しそうに話しているのを見たんやけどな」
何か含みをあるような口調でリーが言います。
彼女にしてはどこか歯切れが悪いですね。
「店長さんとお客様が? ということは、そのお客様はサクラでしょうか?」
人気を見せかけるために、さらに順番待ちの整列を促すためにサクラを雇って並ばせるという手法は稀にあります。
うちはそういう誤魔化しは絶対にしませんが、それは悪い方法ではありません。
特に人気店ともなると、行列でのイザコザで評判を下げたくないためなのでしょうね。
「いやぁ、たぶんサクラやないと思うで……その客な、ローマって名乗ってた黒い髪と灰色の髭の、眼鏡をかけた10代の男やったんやけどな」
「なんですか? その人は」
変なお客様に好かれたものですね。
うーん、まぁ前日から並ぶということも変なのですが。
空腹を紛らわせるために、紅茶を口に含み、
「……きっと、あれ、コーマやで」
思わず噴き出した。
え?
「リー、落ち着いて聞いて。コーマ様は髭は生えていませんし、それにこの店のオー……専属鍛冶師ですよ。なんで隣の店に並んでいるんですか?」
「落ち着くんはメイベルのほうやって。さっき言ったやろ。髭の色がおかしいって。あれはどう見ても付け髭や。それに、専属鍛冶師が他の店で買い物したらあかんって決まりはないやろ」
「それはそうですが、でも、なんで……び……びびび……」
「ビビビ?」
「美人店長さんと嬉しそうに話しているんですか?」
リーは私の質問に、「あぁ、まぁそりゃなぁ」と前置きをして言った。
「コーマも男やし、美人には弱いやろ」
「……ま……負けられない」
私は拳でテーブルを叩き……とても痛かったです……リーに指示を出した。
「リー! 私達もチラシの準備を! 版画の彫り師さんに!」
「チラシの内容は何にするん?」
「……それは……今から考えます!」
絶対に負けられない。
私は心から思いました。
「……メイベル、もしかしたらコーマは隣の店の偵察と情報収集のために……」
「リー、コーマ様のことは後回しです! まずはバーゲンの目玉となる商品から確保しましょう!」
「あの……うち昼ごはんまだ食べてないんや――」
私は手に乗せたハムトーストをリーの口に押し込みました。
「お客さんが来るピークの時間まで少し間があります。今から30分で目玉商品を探しますよ」
「ふぁい」
絶対に負けませんからね。絶対に。




