コメットちゃん
コメットちゃんはこの店のオーナーがコーマ様だと知りました。
それは驚きますよね。
私達の大恩人であるオーナーがこんな傍にいたんですから。
コメットちゃんはコーマ様を尊敬の目で見ています。すると、コーマ様は少し困ったように頬をぽりぽりとかき、
「本当に偉いとかないんだって。店のことは全部メイベルに任せてるし」
と言いました。ですが、せっかくコーマ様について自慢ができる相手ができたのです。
「高価なアイテムの仕入れは全てコーマ様がしていますよ」
私はここぞとばかり今まで溜まっていたコーマ様の素晴らしさを伝えることにしました。
「ほとんど仕事してないし」
コーマ様はなおも自分が何もしていないと言おうとしていますが、
「この寮もコーマ様が一人で作られました」
そうです。この寮もコーマ様がひとりで建てました。
「ね、俺、本当に名前だけのオーナーだから」
「……話を聞く限り、誰よりも働いている気がしますが」
コメットちゃんがぽつりとつぶやくように言いました。
武器や薬の仕入れではなく、実はコーマ様が作っておられるのだとしたら、その仕事量は今言った内容の数倍にも膨れ上がります。
「そんなことないって。俺、本業は別にあるし」
またもコーマ様は否定しますが。
そういえば、コーマ様の本業ってなんなのでしょうか?
オーナー以外に、鍛冶師や錬金術師を名乗っていますが、一番はクリスティーナ様の従者でしょうか?
でも、クリスティーナ様、前に私にこんなことを言っていたんですよね。
「メイベル……コーマさんの力の底が見えないの。単純な力だけなら私よりも強いかも」
と言っていました。
戦闘の腕も超一流で、鍛冶や錬金術の技能を持ち、町で一番のお金持ちで、ちょっと悪戯が好きなところはありますが性格は良くて、顔もカッコいいです。コーマ様……本当に底が見えません。
欠点は何もない超人ですね。
「……そうですか。でも、金貨20枚も寄付していただいてよろしいんですか?」
コメットちゃんは再度確認するように尋ねます。
「あぁ、足りるだろ?」
「はい、この先数年分の資金として十分すぎる――」
「え? 俺、毎月金貨20枚のつもりで言ったんだけど?」
前言撤回します。コーマ様は金銭感覚がなさすぎます。
「コーマ様、それは多すぎます。私は年間金貨20枚のつもりで申しました」
「でも、いけるだろ?」
「可能ですが――」
本当に可能なんですよね。実際、フリーマーケットはオープンして一カ月にも満たないのですが、もう店の貯金は金貨1000枚を余裕で超えています。
「あの孤児院の規模でそれだけの資金提供をした場合、子供一人あたりの収入がラビスシティーの平均収入の5倍以上になります。そんなことになろうものなら、子供を捨てる親が続出してしまいます」
私が言うと、コーマ様は「あぁ、それはまずいな」と納得してくださいました。
「じゃあ、年間金貨20枚にしておこうか」
「では早速手配を――」
「あの!」
コメットちゃんが声をあげました。
「金貨って金貨ですよ! なんでそんな軽々と20枚だなんて。私の給料の10年分です」
コメットちゃんが驚く気持ちもわかります。
「うちってそんなに給料低いの?」
コーマ様の発言に、私は別の意味で驚きました。
「いえ、ラビスシティー内における労働者の平均月収と同額です。奴隷である私達の給料としては前代未聞の高給ですよ」
基本、奴隷には給料は発生しません。奴隷に給料を払うなら、普通に従業員を雇います。
コーマ様と、少し従業員の給料について話しました。
そして、コーマ様はコメットちゃんが置き去りになっている状況に気付き、
「それで、簡単に金貨を寄付する理由だっけ?」
強引に話を元にもどしました。
「あぁ……うん。コメットちゃんが困ってるからな。俺は従業員は全員家族みたいなもんだと思ってる。家族が困ってるのに何もしないなんておかしいだろ?」
そう言われて、コメットちゃんは涙を流し、何度も何度もコーマ様に感謝の言葉を告げました。
その横顔を見て、私は小さくため息をつきました。
あぁ、コメットちゃん……コーマ様に惚れちゃったな……と。
そして、きっとコーマ様は何も気付いていないのでしょうね。
その後、コーマ様とコメットちゃんは、孤児院に寄付金を届けるために寮を出て行き、私一人残されました。
私は椅子に座り、ちょっとだけ微笑みます。
『俺は従業員は全員家族みたいなもんだと思ってる』
コーマ様の台詞を思い出し、……そういう意味じゃない、そういう意味じゃないとはわかっているんですが、ちょっとだけ恥ずかしい気分になりました。足をバタバタさせました。
一通り暴れたあと、私ははたと気付きました。
コーマ様とコメットちゃん、ちゃんと帰ってくるでしょうか?
もしかして、ふたりでお泊りしてそのまま……なんてことは。
いえ、コーマ様とコメットちゃんに限って……とは思います。思いますが、やはり心配です。
コメットちゃんはとてもかわいらしいですし……っていけませんね、仕事です、仕事仕事。
仕事に集中すると時間が流れるのは早いです。
もう夜になりました。
ですが、コーマ様もコメットちゃんも帰って来ません。
……コメットちゃん……やっぱり……そう思った時でした。
コーマ様からいただいた通信イヤリングが震えました。
『あぁ、メイベル、連絡忘れてた。悪い、ちょっとバタバタしていてな。コメットちゃんだけど、今日は孤児院に泊まって、明日の朝に帰ると思うから。それと、かなりやばい通り魔が町をうろうろしているから、今日は店はしっかりと戸締りして、皆にも夜に外に出ないように伝えてくれ……俺とクリスは今日は戻れそうにないから』
「わかりました。御心配くださりありがとうございます」
短い用件でしたが、私はコーマ様と話せたことに喜び、そしてコメットちゃんとも何もなかったことに安堵しました。
それに、コーマ様の秘密を共有できる子もできたことだし、明日から楽しみましょう。
そう思い、私は今日の売り上げを確認しまして寝ました。
翌朝、私は寮の一階の食堂に行きます。
コーマ様の仰る通り、クリスティーナ様も昨夜はお戻りにならなかったようです。
一応、いつ帰ってきてもいいようにクリスティーナ様の食事の準備はしていたのですが、これは食べてしまって作り替えないといけません。
そう思った時、寮の扉がノックされました。
こんな時間に誰だろうと思いながら、玄関に向かうと、
「メイベルさん、おはようございます」
レメリカさんの声が聞こえてきました。
私は扉を開けます。
「レメリカさん、おはようございます。ちょうどお茶の用意をしていたのです、どうぞ」
「いえ……申し訳ありません、時間がありませんので用件だけをお伝えさせていただきます」
あれ? いつも無表情のレメリカさんですが、いつもより何か目が疲れているようです。
何かあったのでしょうか?
そう思ったら、
「コメットさんがお亡くなりになりました。遺体の確認をお願いいたします」
「…………え?」
私はその時、その言葉の意味を理解できなかった。




