行列覚悟の指人形
~前回のあらすじ~
ライバル店がオープンした。
勇者エリエール。
彼女との最初の出会いは、客と店長として、訪れるべくして訪れた。
ただし、サフラン開店前日の昼。
※※※
店の前。パイプ椅子に座っている俺の前に、またもや美人が現れた。
少し年上、クリスくらいの年齢だろうか?
まぁ、女性に対して年齢を考えるのは失礼にあたるだろうが。
茶色の縦ロール髪の美人、立ち振る舞いから、どこかの貴族かお嬢様かとも思わせる。その美人が柔和な笑みを浮かべ、こちらにやってきた。
「失礼します、わたくしはこの店の店長としております、エリエールと申します」
「はじめまして。俺はローマ、全ての道を通る男です」
線を一本くわえただけの偽名を名乗った。
ついでに適当な自己紹介をした。
「ローマ様はこちらで何をなさってるのでしょうか?」
「もちろん、店の開店を待っているんです」
小型のパイプ椅子に座り、俺は当然、という感じで答える。
「当店の開店は明日ですわよ?」
「良いものを買うために前日から並ぶのは基本ですから」
エリエールは営業スマイルを浮かべてはいたが、俺のことを不審気に見ていたからな。何しろ、付け髭の色は灰色と、髪の色とあっていないし、索敵眼鏡もダサイ。でも、こうでもして変装しないと、メイベル達に見つかったら何を言われるかわからない。好感度が下がるのは目に見えている。
「エリエール店長、例の力の超薬、入荷しました」
そういって、この店の店員と思われる男が、力の超薬が入っているだろう木箱をエリエールに渡す。
力の超薬。筋力を1%アップさせる能力アップアイテムだ。
まぁ、いつもは力の神薬という筋力10%アップの薬を飲み続けているので、貴重という考えが一瞬遅れてしまった。
「お疲れ様、これはわたくしが預かります」
「力の超薬ですか、貴重な品ですね」
「ええ。金貨150枚で買い手がついております」
「150……それは手が出ません……」
いらないけど。
でも、そんなに高いのか。
いや、確か相場は金貨80枚程度だったはずだ。
「そのような薬があるとは、ぜひ一度見てみたいものです」
「もしよければ、ご覧になりますか?」
「店長!」
男の従業員が窘めるが、
「いいじゃありませんか。ローマ様はうちの店にこんなに早くから並んでくださっているお客様なんですから。これからも御贔屓にしていただきませんと」
別に興味はないんだけどな。見たことあるし。
でも、見たいと言ったのは俺だしなぁ。
そして、彼女が出したのは――
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グリーンポーション【薬品】 レア:★★
飲むことでHPと僅かながらMPが回復する。
緑野菜の味がするポーション。苦いけど癖になる。
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「これ、グリーンポーションですよね?」
「え?」
「いや、力の超薬は確かに緑色の薬だけど、それにしては色が薄いし」
「何言ってるんだ、これが偽物なわけないだろ。鑑定書だってほら、この通りあるんだからよ。第一、お前は本物を見たことがあるのか?」
男はそう言って、木箱の中に入っていた紙切れを俺に見せてきた。
何か鑑定結果とかいろいろと難しいことを書いているが。
「いや、鑑定書がどうのこうのっていうより、鑑定スキル持ってる人いないんですか? いたら見てもらった方がいいですよ。それ、本当にグリーンポーションですから」
「……少々お待ちください。すぐに調べてまいります」
「店長、何言ってるんですか、本物に決まってるじゃないですか」
男が言うが、店長に窘められ、何も言えなくなった。
「明日まではここで待ってるつもりなんで、ごゆっくりどうぞ」
エリエールと男従業員は店の中に入っていく。
待つこと30分。
憔悴した顔でエリエールがやってきた。
「……ローマ様のおっしゃる通り、あの力の超薬は偽物でした」
「そうですか。犯人はやっぱりさっきの従業員ですか?」
「お恥ずかしながら」
多くは語らないが、おおかた、男が力の超薬を仕入れるといって金貨を預かり、偽物を用意したってところか。
「かなり優れない顔をしていますが……やっぱりやばいんですよね」
「え……えぇ、まぁ」
「だいたい、力の超薬を売る予定だった相手が権力者か何かで、力の超薬を売ることができないとヤバい状態ってところですか?」
俺が訊ねるがエリエールは何も答えない。
「だとしたら、さっきの従業員もそのお偉いさんの部下かもしれませんね。鑑定書の偽造とかって、簡単じゃないんでしょ?」
サフランの名を貶めたい商人が、この店を貶めるために権力者に相談を持ち掛ける。そして、権力者はサフランに無理難題を要求。断ればいいんだが、それを解決する手段があると部下が進言。だが、その部下は実は権力者とグルであって、全てはサフランを貶めるための罠だった。もしも力の超薬を売ってしまえば、偽物を売ったとして店の信用はガタ落ち。仮に売る前に気付いたとしても、もともと無理な要求、新たに本物のアイテムを用意できるはずもなく、信用はガタ落ち。
まさに、「越後屋、お主も悪よのぉ」「いえいえ、御代官様こそ」の世界だ。
「……お客様、申し訳ありません、その質問にはお答えできません」
ま、そうだよな。ここで見ず知らずの俺に情報を与えるような店なら、それこそ信用に傷がつく。
俺なら力の超薬を用意してあげることもできる(実際にアイテムバッグの中に入っている)が、そこまでする義理もないし、力の超薬を持っていることは黙っておきたい。
「あと、こちらは先ほどのお礼になります。どうかお納めください」
渡されたのは木の箱だった。
「これは?」
「昔から世界中で愛されているコレクションアイテム、パーカ人形ですわ」
「パーカ人形?」
木箱を開けると、可愛い犬の形の指人形が入っていた。
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パーカ人形〔ミック〕【雑貨】 レア:★
パーカ迷宮で拾うことのできる指人形。全97種類ある。
ジャックが親に黙って飼っていた犬。
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な、まじでコレクションアイテムだ!?
「これ、他にはないんですか!? ある分、全部買いたいです」
「申し訳ありません、こちらの品は数に限りがございまして。明日、先着100名のお客様にお渡しすることになっておりますので」
俺に渡したのは予備のパーカ人形だと説明。
そうか、でも、明日もう一個もらえるのなら……いや、だがなぁ。
「ちなみに、パーカ人形、コレクター必見のイラスト本がでていますのよ?」
「そんなものが!? いったいいくらですか?」
「本当は開店前に販売をすることはできないのですが、ローマ様には特別に3割引きでお売りいたします」
「買った!」
まんまと乗せられた気がするが、俺はその本を購入。
銅貨14枚で購入した大きめの本には、シークレットを除くパーカ人形96種が独自の説明文付きで紹介されていた。著者名が少し気になったが。
中にはロボットのようなキャラや、案山子まである。
ちなみに、主人公のパーカ、弟のジャック。二人の母親が魔王を倒した英雄という設定であり、母親の仲間の僧侶と魔法使いの間に生まれた双子の兄妹や、同じく母親の仲間の武道家の息子と一緒に交流を深めていく、そういう物語風のキャラっぽいな。中には元魔王の部下とかも出てくる。
誰が計算したのか、本には出現率まで紹介されていて、シークレットキャラは1000万分の1とか、もう詐欺に近い出現率だ。
ていうか、本当に出した人いるのか?
そう思いキャラ紹介を見ていたのだが、ふと、あることに気付いた。
(そうか、そういうことだったのか)
本に熱中していると、気付けば夜だった。
通りもまばらだが、順番待ちしているのは俺だけ……と思いきや、すでに7人ほどが並び始めていた。
昼から並んでいてよかったなぁ、と思いながらさらに待ち続ける。
そして、開店3時間前には粗品をプレゼントする100人が集まり、開店1時間前には1000人を超える行列があった。
もちろん、従業員が列を誘導しているので大きな混雑は見られない。俺も最低限の礼儀とばかり、椅子を畳んでアイテムバッグの中にしまった。
さっき、メイベルが横を通り過ぎたとき、その列を忌々しげに見ていたが、ばれてないよな。
そして、開店時間がやってきて、俺は誘導されながら店の中に入った。
そこに広がるのは、まさにアイテムパラダイス。
定番の品から見たことのないアイテムまで山のように置いてある。
4階建ての構造で、1階は食料品。2階は服や鎧、剣といった装備3階は雑貨類。4階は貴金属類やアクセサリーの販売を行っていた。
俺が目指すは4階。貴金属のコーナー。
店に入るときにパーカー人形の入った木箱を受け取り、中身は後のお楽しみとして、階段を上っていく。
そして、いきなり目に飛び込んできたのは――
【ルビー原石】【サファイア原石】【エメラルド原石】【ダイヤモンド原石】といった研磨前の宝石類。
この宝石の原石、滅多に市場に出回らない。というのも、宝石の原石が存在する迷宮は、隣国の勇者によって発見され、5年間はその勇者のみが探索する権利を持つ。
迷宮以外にも通常の鉱山でも見つかるらしいのだが、その数はかなり少ないらしい。
宝石店でも、研磨済みのうえ指輪などに加工した宝石しか売っていなかったからな。
「原石でもさすがに高いな……ルビーは原石段階で銀貨10枚か……」
研磨している宝石がショーケースの中に並ぶが、そちらは金貨の値段がついている。
真っ先に上がってきた俺に、店員が近付いてくる。
「お客様、何かお求めですか?」
「あぁ、宝石の原石を――」
俺はアイテムバッグから久しぶりに竹の籠を取り出した。
アイテムバッグの存在に、店員が驚愕していたが、さらに驚かせたのは、俺が竹籠の中に原石を次々と入れていき、山積みに入れていったことだろう。
「これだけくれ」
「……は、はい! 少々お待ちください!」
合計82個、約金貨10枚分でお買い上げ。全てをアイテムバッグにしまい、3階へ。絹糸や山羊毛皮といったこの地方ではなかなか手に入らないアイテム、黄金羊の毛皮といったレア素材を買い漁る。2階の装備類のコーナーは見たことのないアイテムを鑑定できるだけ鑑定して図鑑登録を済ませ、1階へ。あとはおいしいおやつでも買って帰ろうか。そう思った時だった。
「用意できていないってどういうことざますか!!」
怒鳴り声が聞こえた。
ざますってなんだよ、ざますって。
だが、それも納得。なぜなら、怒っている女性というのが、50歳くらいの、巻貝のような髪型をしたきつそうなおばちゃんだった。
ルシルの翻訳魔法、凄すぎるだろ。イメージにぴったりじゃないか。
謝り続けているエリエールを見ると、あのおばちゃんが力の超薬を買おうとしていた権力者なのだろう。
「申し訳ありません、グレイシア様。近日中に必ずご用意いたします」
「近日中では意味がないざます! 明日、知り合いに渡すことになっていたのざます! どう責任を取るつもりざますか!?」
うわ、きつそうだなぁ。
あんな客の相手、メイベル達もしているのだろうか。
「そもそも、こんな玩具を配ってる暇があるのなら、方々駆けずり回って探すのが礼儀ではないざますか?」
そういって、グレイシアという名のおばちゃんは木箱をひっくり返し、
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パーカ人形〔ミナ〕【雑貨】 レア:★★★
パーカ迷宮で拾うことのできる指人形。全97種類ある。
パーカの幼馴染の少女。趣味は盆栽。
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人形を地面に落として踏みつぶした。
な、なんてことを。あれは、あのミナちゃんは出現率0.2%のレア人形じゃないか。
許せない、なんてことを。
物に罪はないのに。
俺は付け髭と眼鏡をアイテムバッグにしまい、礼儀正しくこう言ってしまった。
「お待たせしました、グレイシア様」