ちゃん付け
「ここの数字ですが、割合はこうではどうでしょうか?」
私は書類の数字を書き換え、それをダブタ様に見せました。
ちなみに、お客様、取り引き相手なので、これからは敬称をつけて呼ばせていただきます。
「ぶ、ぶひっ、そうなると吾輩の商会の取り分が……」
「いえいえ、そこはこうすれば収入が」
ダブタ様はその数字に驚きますが、私は輸送のための社名と金額を変えました。あきらかに輸送にかかる費用が高かったですからね。
「そ、それはそうだが、しかし、通例的にここは……」
何か不都合があるのか、ダブタ様は言い澱みます。
「通例? そうですね、では世間の相場を取り入れましょう。するとこうなりますね」
ダブタ様の提示した商品の価格は店の売り値の3割引きの価格でしたが、いくら魔石が豊富で魔道具が多く作られるラビスシティーとはいえ、この値段は安すぎます。相場の1.5割引きに戻しました。
「ぶひひっ! そんな、それではこちらの取り分どころかマイナスに」
「これで赤字になるんですか? おかしいですね、そちらに十分に利益が出るようになっているはずなのですが。たとえば、一部の利益を着服する人がいたら話は別ですけど」
「ぶひっ!? な、なんのことやら」
ダブタ様は顏から大量の真っ青になっています。この人は悪人のようですが悪人には向いていませんね。
「例えばの話ですよ、例えばの。納得できないようでしたら、では、ダブタ様、こちらの書類を一度商会に持ち帰り、上司の方とご相談ください」
「し、しかし」
ダブタ様が食い下がりますが、私は笑顔で尋ねました。
「それとも、私が直接手紙を送ったほうがよろしいでしょうか?」
「ぶひぃぃぃっ、すぐに持って行きます」
ダブタ様はそう言うと、私が作った書類を持って引き上げました。
横にいたコメットの笑顔が若干ひきつっています。
「メイベル店長、お疲れ様でした……えっと、よかったのですか? カイエル商会といえば、大陸屈指の商会でその交易路を利用できるとしたら莫大な利益を生み出せると思うのですが、もしかして私のことで?」
「いいんですよ。今の話を聞いていましたよね。彼はうちの商品の噂を聞いて、恐らくは独断でこの店の商品を自分が持つ交易の一部に組み込もうとしていたんです。しかも、自分個人に利益が出るように細工して。書類にも巧妙な言い回しの部分があったから、よく読まないとうちの利益を全部吸い上げられるか、契約破棄の莫大な違約金を払うかの二択を迫られていたところですね」
本来なら塩を撒きたいところですが、それは勿体ないので箒を逆さに持っておくことにします。
「そうなのですか? 全然気付きませんでした」
「コメットはまだ気付かなくても。私もお父さんのことがあったから、契約についてはいろいろと勉強したんですよ。それより、営業開始の時間ですから。コメットは裏で掃除、お願いしますね」
まだ研修を終えていないコメットたちには表の仕事は任せられませんからね。
その日、私はいつも通り店をひとりで切り盛りしました。
そして、その日の夜。
私は商品の値段と効能を皆さんにレクチャーしていきます。
「驚いたなぁ。プラチナの装備ってまだ作れる人おったんやな。西の大陸で先々代の火の神子がドワーフと協力してプラチナ武具を作ってたって話は聞いたけど」
リーは、倉庫にあるプラチナの剣を持って呟きます。
「この剣があったら、うちは奴隷やなくてB級冒険者くらいにはなれてたかもな。まぁ、師匠に言わせれば剣で得られる力なんちゅうのは一部らしいけど」
「あ、そういえばリーちゃんの故国って西大陸と貿易していたんだっけ?」
「昔の話やけどな。今はリーリウム王国がほとんど独占している状態やからなぁ。造船技術はあっちのほうが上やからリスクも低いんやって。ほんま、一年半前に王様が変わってからリーリウムは急成長したなぁ」
あれは有名な事件でしたね。リーリウム王国で第一王子、第二王子の第一王女暗殺未遂事件が公のものとなり、しかもそのために雇っていたのが国中を騒がせていた大盗賊団だった、という話ですからね。
その結果、第一王子、第二王子とも王位継承権を失い、第一王女のリーリエ王女が女王陛下になられたんですよね。
「それじゃあ、みんなは店内に行って、商品の置き場と値段を覚えてきてくださいね。今日は徹夜でお願いします」
「おう、任せとき。うちは記憶力には自信はあるからな」
「私も覚えてきますね。ふふふ、変わった商品が多いから、変わった使い方のできる道具も多いでしょうね」
ファンシーの言う変わった使い方というのが、どんな使い方というのは聞かないでおきますね。
前にポーションを使った×××の×××なんて、軽くトラウマものですから。
「わ、私も――」
「コメットはこっちで帳簿のつけかたの勉強をしましょう。コメットには将来は仕入れの作業をしてもらいたいんですよ」
「わ、わかりました。メイベル先輩……じゃなかった、メイベル店長、お願いします」
頭を下げるコメット……可愛い後輩です。
思わずお持ち帰りしちゃいたいくらいです。そう思うと、ダブタ様の人を見る目はたしかですよね。
まぁ、実際に私はお持ち帰りしちゃったんですけど。
「……ねぇ、コメット……ちゃん」
「え?」
「うん、やっぱりコメットちゃんはコメットちゃんのほうがしっくりきますね。これからコメットちゃんって呼んでいいかしら?」
「は、はい。とても嬉しいです」
コメットちゃんは顔を恥ずかしそうに顔を赤らめながらも笑ってそう言った。
セバシ様の下では、後輩の奴隷は呼び捨てにしないといけないという決まりがあったのですが、今は別にいいですよね?
そして、私はコメットちゃんと一緒に帳簿の整理をはじめたのですが、
「な、なんなんですか、この数字!?」
練習で行ってきた帳簿で見ることなどなかった、あまりもの桁違いの金額にコメットちゃんは叫んでいた。
それが三日分でも今日の分でもなく、今日の午後の分の売り上げだというのだから、本当におかしな話ですよね。




