従業員獲得
「…………はぁ」
私の口から出るのはため息ばかりです。そう、ため息です。
私の様子を見て、レメリカさんが口を開きました。
「お疲れのようですね」
「え? あ、はい。すみません、疲れてはいるんですが、それはいいんです」
コーマ様から店を任せられた翌々日。
店の経営は順調です。コーマ様から預かったプラチナ製の武具がいくつか売れたのも大きいですね。勇者試験の真っ只中ということもあり、武器を新調しようとした冒険者が奮発したのでしょう。もっとも、レメリカさんにそのことを話したら、大事な試験中に慣れない武器に持ち変える冒険者は三流か超一流のどちらかだと言っていました。慣れない武器に持ち替えたら普通は全力を出せないものです。それが三流。ですが、どのような武器でも器用に使いこなす超一流の冒険者にはそれは適用されないと言っていました。タメになります。
「では、どうしてため息を?」
「えっと、このお金です。ちょっと稼ぎ過ぎて複雑な気分ですよ」
レメリカさんに、冒険者ギルドに預けた金貨。
その枚数は70枚になります。そうです。私が二年間かけて返そうとして返せなかった借金の額です。
それ以上をたった二日間で稼ぎ出してしまったのです。
店の経営は全て私に任されているとはいえ、それ以上にコーマ様が私に譲って下さるアイテムの質が良すぎるんですよね。そのせいで口コミでも噂は広まり、昨日はどこかの貴族のひとが訪れて、多くのものを買っていきました。
それで商品が無くなるかと思ったら、コーマ様は今度は、どうやって仕入れたのか魔道具の数々を持ってきたのです。
どれも売れば金貨になるような魔道具ばかりです。
他にもコーマ様が自作したというポーションやマナポーション、力の妙薬等の薬類も大量に持ってきてくださいました。
コーマ様は現在、勇者試験に従者として挑んでいるので、他の冒険者の助けとなるようなアイテムを売るのはどうかと思ったのですが、コーマ様は笑って、
「いいんだいいんだ、俺には裏技があるからな」
とのことです。コーマ様が仕える勇者候補の名前は伺っていないので、コーマ様の勇者試験での順位がどのくらいかはわかりませんが、コーマ様のことです。
きっと本当になんとかするのでしょう。
これから忙しくなるのは明白ですね。
「メイベルさんの活躍は私も聞いています。ひとりで大変でしょうし、そろそろ従業員を他に雇われてはいかがですか?」
「そうですね。それも考えたのですが、今は忙しすぎて新人教育に費やす時間がなくて――あ」
忙しくて大事なことを忘れていました。
即戦力となる人が近くにいるではありませんか。
私はレメリカさんに頼んで、預ける金貨を20枚減らしてもらいました。
そして、金貨20枚の入った皮袋を持って向かったのは、セバシ様の店でした。
店の前では、ファンシーが掃除をしていましたが、その顔にはいつもの笑みはありません。
「ファンシー、こんにちは」
「あ、メイベル。こんにちは」
「どうかしたのですか?」
「……んー、コメットちゃんを買いたいっていう商人が来たんだけどね、豚なのよ」
「豚?」
「うん、豚。私が買われたら本物の豚にきっちり調教してあげるんだけど、コメットちゃん、完全に怯えちゃって……でも、その商人、そこが気に入ったみたいなのよね」
「……ファンシー、まだコメットは正式に買われていないのね」
私が確認を取ると、ファンシーは「ええ」と頷いたので、私は扉を開けて商談中のセバシ様のもとに向かいました。
そこには、ソファに座るセバシ様と、太ってよく日焼けと脂で黒く光る商人のひと、そして怯えた様子のコメットがいました。
「ぶひ? 新しい奴隷ですか? さっき見たときにはいなかったようですが」
下品な顔で私のつま先から頭の上まで舐めるように見てくる商人だが、私は彼に一礼し、
「セバシ様、私の店にコメット、それとファンシーとリーを雇わせてください」
私は扉を閉じて前に進むと、ふたりの間のテーブルの上に金貨の詰まった皮袋を置きました。
それに待ったをかけたのは、商人です。
「ぶひっ!? 待ちなさい! ファンシーとリーという奴隷はどうでもいい。コメットは吾輩が買うと決めたのだ」
商人はそう言うと、セバシ様を見て、
「セバシ殿も商人ならば、商人の道理をわかっているであろう? どちらに売るべきかを」
「もちろんですよ。ダブタ様」
セバシ様はそう言うと、静かに立ち上がり、部屋の入り口に歩いて行き、扉を開けて言いました。
「お役に立てずに申し訳ありません、ダブタ様。どうぞお帰り下さい」
「なっ、どういうことだ?」
「どうもこうもありません。私は奴隷商人です。奴隷商人にとって商品は奴隷です。ですから、奴隷を最高の状態に保たねばいけません」
セバシ様の目が鋭くなりました。
「貴方が来てから、私の大事な奴隷たちの状態が著しく落ちていくのですよ。奴隷商人としてはこれ以上あなたにここにいてほしくありません」
「そうか、ひとりよりも三人の奴隷を抱き合わせで売った方がいいと判断したのですね。ぶひ……いいのですか? そんなことを言って。吾輩はこの店でこれから金貨数百枚を稼ぎ出す算段を付けている。今後もこの町を訪れる予定もある。私はそのたびに奴隷を買っていこうと思っているのですよ? このような上客、他には――」
「私にとって最高の上客というのは、私の大切な奴隷を、私以上に大切にしてくれる方です。そして、残念ながらそれはあなたではありません。申し訳ありません、話してみてわかりました。あなたに私の大切な奴隷を売るつもりはありません」
すると、ダブタは激昂して顔を真っ赤にして部屋を出て行った。「このような小さな店など吾輩にかかれば取り壊すことも容易だぞ」と言い残して。
そして、セバシ様は優しい顔に戻り、
「いらっしゃい、メイベル。さて、ファンシーとリー、コメットを買うんだったね。君の主人はこのことは?」
「店の経営は全て私に任せてくださっていますから」
「そうか……うん、彼に君を売ってよかったと思うよ」
セバシ様は笑みを浮かべてこう言いました。
「君の笑顔がとても素敵になってるよ」
セバシ様がそう言うと、横からコメットが私に抱き着いてきました。
「メイベル先輩……メイベル先輩、怖かったです」
「ごめんね、コメットちゃん。来るのが遅くなって」
私はこの可愛い後輩の頭を優しく撫でた。




