どこで仕入れたのでしょうか?
コーマ様は即金でセバシ様に金貨3枚をお支払いになりました。その手付きにはなんの躊躇もありません。まるで、金貨などコーマ様にとってはさしたる価値もないように思えます。
ですが、コーマ様が着ている服は綿の服でさほど高そうには見えません。それに竹籠もかなり年季の入ったもののようで、あちこち補修をしているように見えます。
それに、その立ち振る舞いからも、貴族や大富豪の子息にある雰囲気はまるで感じさせません。
主人のことを深く追求するのは奴隷としてはいけないことですが、気にはなります。
短い手続きを終え、正式に、私の主人はセバシ様からコーマ様へと移り変わりました。
「改めて、俺はコーマだ」
コーマ様は家名は名乗らず、その名前だけを改めて私にお教えくださいました。
冒険者等は家名を持たないのが普通ですから、それはおかしいことではありません。私はエルフなので、家名がありますが。
「メイベル・ヴーリヴァです」
「じゃあ、メイベルと呼ぶな」
コーマ様は笑ってそう言いました。
すると、途端に鋭い目つきになります。
「メイベル、最初の命令だ」
……私はごくりと生唾を飲み込みました。
その眼光に押されたのです。
先ほどまではセバシ様やハンク様がいらっしゃいましたが、今は私とコーマ様のふたりきりです。どのような要求でものまないといけません。
たとえそれが……いえ、考えないでおきましょう。
……そして、コーマ様はその重い口を開きました。
「これから俺は何をしたらいいか、教えてくれ」
私の思っていた内容とは大きく違った、とんでもない方向で。
本当にコーマ様はここを倉庫として扱うつもりだったようで、お店の経営に関しては全く知らないとのことです。
ここで、ここを店として機能させるための順番は以下の通りです。
・開業届け
・店舗登録
・商品の仕入れ
・商品の値付け
・商品の陳列
開業届けは冒険者ギルドに、店舗登録は各種ギルドに登録しないといけません。
まずはコーマ様がどこかのギルドに登録しているか知らないといけませんね。
「コーマ様はギルドに登録されてますか?」
「ギルド? 登録してるのかな、レメリカさんに聞いてみないとわからないが」
ここで、レメリカさんの名前が出てきたことに、私は少し安堵しました。
レメリカさんは冒険者ギルドの筆頭受付嬢で、戦闘職員。一週間以上この町に住んで彼女を知らない人はいないと言われるくらいのひとです。
「レメリカさんと知り合いなんですね。彼女なら問題ないでしょう。ならば即座に店舗登録できます。あと、どのような店にしましょう?」
「何でも屋だな。とりあえず、あとで店に並べるアイテム持ってくるから、メイベルにはそれを売ってほしい」
「何でも屋ですか、リュークさんの店とかぶりますね」
「リュークさん?」
「三軒隣にある迷宮で見つかったアイテムの買取所です」
私が説明をすると、コーマ様は合点がいったように手を打ち、
「あぁ、行った行った。あそこの店主がリュークさんなのか」
と言いました。すでにご存知だったのですね。
「はい、店員のエリックさんとも顔なじみですから、できれば店の種類が被るのは」
「大丈夫だと思うぞ? むしろ、俺がアイテムを作る材料はその店から仕入れることになりそうだしな」
「コーマ様は錬金術師なのですか?」
錬金術師とは、もともとは卑金属から貴金属、つまりは鉄や鉛から金などを作り出そうとする職業だったそうです。
そのために編み出されたアルケミーという魔法を使い、素材を組み合わせて新たなアイテムを作り出すのですが、今では金を作るのは不可能であるというのは世界の常識です。というのも、金は一次素材と呼ばれ、何かを組み合わせて作るものではないからです。
ですが、その錬金術師が残したアルケミーという魔法と技術は今でも残っていて、合金や薬を作り出すために役立っています。
ちなみに、錬金術を効率よく使うには、錬金術という名前のスキルが必要です。
コーマ様はそのようなスキルを持っていたのでしょうか?
相当な凄腕の錬金術師だとしたら、このお店を一年分も先払いして借りたり、私を買うのにも躊躇しないことも納得できます。
できます……が、服装は全然錬金術師らしくはありません。
もっとも、どんな職業っぽい服なのかと尋ねられたら困るのですが。
「まぁ、そうだ」
コーマ様はそう言うと、ポケットから無造作に何かを取り出すと、私に突き出しました。
私はそれを受け取るために手を前に出すと、私の手のひらに硬貨の――銀貨の感触が乗ります。
見ないでも、感触がなくても、音と重さで銀貨10枚だとわかりました。
「じゃあ、ギルドに店舗登録を済ませた後、掃除用具を買って店内の掃除な。これで足りるか?」
……え?
「あの、コーマ様。掃除用具でしたら銅貨5枚で十分ですが。店舗登録の費用はかかりませんし」
そもそも、そういう雑貨品は結構な数が店の中に残っているのですが。
「ま、そのあたりは任せるわ。じゃあ、売り物になりそうなものを持ってくるから」
そう言うと、コーマ様は手を振って私に合い鍵を渡して去っていきました。
私は呆ける暇もなく、店に鍵をかけ、まずは冒険者ギルドに向かって夜の町を歩いて行きます。
……即座に理解できたのは、この鍵は信用の証ではないということですね。
そこまで私は楽観的になれません。
コーマ様にとって、店の権利も私の所有権も、実はそれほど重要ではないのでしょう。
もしくは、隷属の首輪を過信しているのかもしれません。
一生外れることがないこの首輪――呪いのようなこの首輪があれば、私はコーマ様に逆らうことはできませんから。
早足で冒険者ギルドに向かうと、ちょうどレメリカさんが食堂から出てきたところでした。
「レメリカさん、こんばんは」
「こんばんは、メイベルさん」
特に笑みを浮かべずにレメリカさんは私に頭を下げました。冷徹の二つ名を持つ彼女は、決して笑うことはありません。
ですが、仕事ができる尊敬できる女性で、お父さんがお店を開くときにも大変お世話になりました。
……お父さんがお店を開いたのは10年前で、レメリカさんの見た目はどう考えても20代前半……。
「あれ?」
「どうしました?」
「い、いえ」
何か、今とても大切なことを考えていたような気がするのですが、忘れてしまいました。
それはともかく、
「お店の開業届と店舗登録を済ませようと思いまして、訪れたんです」
「新しい主人が決まったのですか?」
「はい、コーマ様です。レメリカさんは御存知だと聞きましたが」
「あぁ……あれですか」
レメリカさんは表情は変えませんが、明らかに不快感をあらわにしました。
「レメリカさん、コーマ様のことは嫌いなのですか?」
「いえ、彼に問題はないのです。あるとすれば、彼の出自なのですが、まぁそれは置いておくとしまして、開業届と店舗登録ですね。わかりました、こちらで済ましておきます。明日の朝から開業してもいいですよ」
「……え? いいんですか?」
「メイベルさんのお父上には、私もお世話になりました。それに、彼の店なら問題ないでしょう」
そして、レメリカさんは最後にこう言った。
「ただ、あまり無茶をして周りの店を潰さないようにしてくださいね」
それを聞いたとき、その意味はわかりませんでした。
その後、私はコーマ様から預かったお金を使い、雑貨屋で掃除道具を新しく買い揃えて店に戻りました。
店に帰ったとき、閉めたはずの鍵が開いていて、既にコーマ様がいました。
「ただいま帰りました」
私は慌てて掃除道具を置いて、コーマ様の前に行きます。
「おう、お帰り! とりあえず、売れそうなもん持ってきたぞ」
そう言って、コーマ様は先ほどのぼろぼろの竹籠から多くの物を取り出しました。
ひとつは銀製のナイフでしょうか?
と思って鑑定し、
「え? これ……えぇぇぇぇっ!」
それは鑑定してすぐにわかりました。
それは、プラチナダガーだったのです。
他にも、コーマ様が持ってきた盾、斧、兜なども全てプラチナでできています。
これだけでも売れば一財産になるでしょう。正直、この店の一年分の賃貸料どころではありません。この店を買ってもお釣りがきます。
「なんで白金を使った装備がこんなにあるんですか!?」
私はそう叫びながら、レメリカさんが言っていたことを思い出しました。
無茶をしたら、周りの店が潰れる……という台詞。
もしかして、それはコーマ様が無茶をしたら大変なことになるということだと気付きました。
コーマ様が一体何者なのか?
その謎は深まるばかりです。




