はじめまして、ご主人様
店へと早足で歩く私とセバシ様、そしてその前を歩くハンク様。
すでにその店に、店を買った人を待たせているとのこと。
金払いの良すぎる客で、店を見る前から一年分の家賃を前払いして借りたという。それを聞いて、私の内心は複雑でした。
お金があるのなら、私を奴隷として買うだけの余裕があるのということですから。
でも、どうせ店を借りるのなら、幾多もの物件の中から、私がかつていた店を気に入って借りてほしいと思っていました。内覧を省いての賃貸契約をしたということは、少なくとも私のお店が気に入ったから借りたということではないのです。
私達は店の裏口にまわりました。当然、鍵は開いています。
久しぶりに帰ってきた――という気はしません。ここでこの店を借りた人に気に入られなければ、いえ、実際に気に入られたとしてもその人を説得し、ここを店とできるように、そしてその店で雇ってもらえるように交渉しなくてはいけません。
「お待たせしました」
ハンクさんがそう言って店の中に入っていく。
それに続いて、セバシ様が、さらに三歩ほど遅れて私が入っていきます。
「はじめまして、奴隷商をしております、セバシと申します」
セバシ様が頭を下げたので、私は店を借りようとしている人を見る前に、頭を下げました。
そして、頭を上げて驚きました。
てっきり、お店を借りるというくらいだから、いっぱしの商人……それこそ私のお父さんくらいの年のひとだと思っていたから。
でも、目の前にいたのは、私とそう変わらない年の、黒い髪、黒い服の男のひとでした。とても自然体で、緊張感はあまり見られません。それと、失礼ですがお金持ちそうには見えませんでした。
「コーマです。先ほどこの店を1年借りることにしました」
目の前の男のひとは、コーマと名乗りました。
コーマ様とお呼びすることにします。
「倉庫代わりに使う予定だったんですが」
含みのある言葉を使うコーマ様に対し、私は驚き、思わず口を開いていた。今の主人であるセバス様の許可なく言葉を発することは禁じられているのに。
「え、倉庫代わりですかっ! もったいない、ここは一級地で人通りも多い、とてもいい条件の物件なんですよっ!」
「こら、ヴリーヴァ! 店の使用法は借りた者の自由だ」
やはり怒られてしまいましたが、コーマ様は、
「いえ、いいんです」
と、セバシ様に言って、
「えっと、ヴリーヴァだっけ? どうしてこの店で働きたいんだ?」
コーマ様はそう私に尋ねました。それに、私は正直に答えました。
この店はもともとは私の父の店だったこと。そして、父が友達の借金の連帯保証人になり、その友達が行方をくらましたこと。
父が過労で死に、そのあとも私がひとりで店の切り盛りをしたが、借金を返せずに、結局店を売り、それでも足りずに、契約に従い奴隷となってしまった。
コーマ様は、私の話に何も口を挟まず、聞いて下さいました。
そして、私が語り終えると、コーマ様はこう尋ねました。
「なるほど、それで、何ができる? さすがに店を開くとなったら何の技能もない人を雇おうとは思わないが」
必ず来ると思っていました。私はここで自分の有能さを説明しようとしたのですが……本当にそれでいいのか? と思ってしまいました。
他にもっと確実な方法があるのではないか? ここで失敗したら全て水の泡です。
その時、私が思い出したのはファンシーの言葉です。
男に雇ってほしいならこれでいちころよ、とのセリフを思い出し、私は一世一代の大勝負に出ました。
左手を腰に、右手を頭の後ろにあて、科を作って、
「えっと……身体で払いましょうか?」
とウィンクしていいましたが、ウィンクなんて慣れていないので、顔がどうなっているか不安です。
でも、これで雇ってもらえるのなら……
「……そういうのは間に合ってます」
とても冷たい空気が場に流れます。コーマ様の目がとても冷たいです。後ろからセバシ様の盛大なため息が聞こえてきました。
私も恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になります。
「冗談ですよ。よかった、真面目そうな人で」
……はい、冗談です。
絶対に冗談です。
恥ずかしさと後悔以上に安堵しているのも本当ですし。
「私は父が病気になってから父が死ぬまでの三年間、一人で店を経営していました。借金も金貨70枚あったのですが、金貨54枚にまで減りました」
利息を含めたら、金貨20枚を稼ぎ出した計算になります。
私の意味に気付き、
「なるほど、3年間で一人前に働き、金貨16枚、いや、利息分を考えたらそれ以上の稼ぎを出したということで、間違いないですかね? セバシさん」
とコーマ様は私にではなく、セバシ様に尋ねました。
これが、今の私とコーマ様の距離です。私の誇大広告を警戒したのでしょう。
「はい、その通りでございます」
セバシ様が頷くと、コーマ様は僅かに間を置いてこう尋ねた。
「彼女はいくらですか?」
その言葉に、私は僅かに頬を綻ばせます。コーマ様が私を買う気になったということですから。
「店を売り、残った借金の額が金貨2枚。その他費用を含めて金貨4枚ですが、この店で雇っていただけるのでしたら金貨3枚でかまいません」
その言葉に、私はふたつの意味で驚いた。
まず第一に、セバシ様は絶対に奴隷の値引きはしない。何故なら、奴隷とは人の命の値段ですから。命の価値を下げることをセバシ様はとても嫌うんです。
だから、大きな怪我や病気といったことがない限り、セバシ様は一度決めた奴隷の値段を下げることは極稀なのです。
そして、もう一つ。その条件が、私をこの店で雇うことでした。奴隷商が奴隷の使い方に対し注文をつけることなど、それこそ前代未聞です。なぜならば、奴隷は一度買われたら、その所有権は新たな主人のもの。どう扱おうが主人の自由だからです
私が疑問に思っていると、
「実は私も、そこの店主も彼女の父とは旧知の仲でしてな。できることなら彼女には幸せになってもらいたいと思っているんです」
とセバシ様が説明をしました。
……知りませんでした。
セバシ様がそんな気持ちでいたことを、はじめて知りました。
コーマ様はさらに少し考え、
「ヴリーヴァ、俺はこの店をずっと借りるというわけではない。俺がこの店を引き払ったらどうする?」
と尋ねてきました。
セバシ様、ハンク様の気持ちを知り、私の心の中に一つの芯が生まれます。
「引き払わさせません」
その言葉には強い意志がありました。
「それはどういう意味だ?」
「コーマ様に損得勘定があるとすれば、この店を引き払ったら損だと思わせるほどに店を大きくしてみせます」
私がそう言いきると、コーマ様は微笑って、頷きました。
この日、この時、私はこうしてコーマ様の奴隷となったのです。
第一章「新たな契約は指輪とともに」より。




