竜車の上で
聖地へと向かう馬車が止まっている。いや、馬車ではなく竜車だな。
なぜなら、そこにいたのは、地竜だから。
地竜は、本来は西大陸にいる魔物ではない。ラビスシティーの南、コースフィールドのみに生息する固有種だ。
アークラーンは、コースフィールドと同じく平原が多いからな、この国でも使いやすいだろうと、コースフィールドの竜舎に行き、金貨を百枚ほど握らせて雄と雌の番いを譲ってもらった。さらに、新天地で乗合竜車の商売をしたいと思っていた人間を雇い、御者兼ブリーダーをすることになった。
地竜は背中に子供を乗せて運ぶ習慣のある種族のため、乗り心地はとてもいい。
「さすがダーリン、こんな巨大な竜を一瞬で連れてくるなんて。ますます惚れてしまいました」
ウィンディアが俺の腕にしがみついてきた。
「うぉぉぉ、すげえぇぇぇ、校長先生、本当に俺、これに乗っていいのか?」
マルジュは大興奮している。子供は恐竜とか好きだもんな。俺もマルジュくらいの年齢で、この地竜を見たら大はしゃぎだったかもしれない。
「アルもあれに乗るの?」
「そうだよ、アルジェラ」
親子のようなふたりが手を繋いで近付いてきた。グルースとアルジェラだ。
グルースはスウィートポテト学園の教員として教鞭を振るっていて、教員寮の中でアルジェラと一緒に暮らしている。グルースも改心したからな。
今のグルースなら安心してアルジェラを任せられるだろうと俺が判断した。
そして、最後に竜車に近付いてきたのは、一番最初から近くにいたシルフィアとサクヤだ。
シルフィアは警戒しつつ、俺に尋ねた。
「本当にこの竜は空を飛ばないんですね?」
……彼女の高所恐怖症も相当だな。
安心しろ、聖地に付けば嫌でも空を飛ぶことになる。
※※※
この竜車には、俺、ウィンディア、シルフィア、アルジェラ、サクヤ、マルジュを含め、何人かのアークラーンの文官が乗っている。
百人乗っても大丈夫とまではいかないが、20人乗っても大丈夫な設計にしているため、10人以上乗っているにもかかわらずかなり余裕がある。
ちなみに、竜車は二台あり、そちらにもザッカ将軍を含めお偉い様や、ウィンディアの護衛の兵が乗っている。
「きゃっ、揺れた」
俺の左に座っていたウィンディアが、竜車の揺れのせいにして俺にもたれかかってきた。
「揺れてない揺れてない」
もしも僅かにでも揺れるようなら、俺は馬車酔いを起こすからな。
馬車酔いが嫌だから、わざわざ地竜を連れて来たんだよ、俺は。
もしも地竜を連れてくることができなかったら、俺は走ったね。聖地まで。
馬なんかより速く走れるしさ。サクヤに言ったら、「迷惑だからやめろ」って怒られたけど。
俺は立ち上がって、中央のテーブルに、アイテムバッグからジュースやスウィーツを並べた。今日はプチケーキを自作した。気を失わないくらいまで抑えている絶品のケーキだ。最初にマルジュが、「じゃあ俺が毒見をする」と宮廷作法の成績が本当にいいのか疑問になるスピードでケーキを鷲掴みすると、そのまま口に運んだ。
アルジェラも取ろうとするが、グルースがそれを制し、俺が用意したお皿に何種類か取り分けてアルジェラにフォークとともに渡した。
その時だった。
「うっ……」
マルジュが急に苦しそうに喉を抑えた。
一気に緊張感が走る。俺以外には。
そして――
「うっめぇぇぇあっ!」
と大興奮して叫んだ。
知ってたよ。診察スキルを使っても何の異常もなかったし。
場に笑顔が戻り、全員がケーキを食べはじめた。そして、その味に全員が目を丸くし、そして笑顔がこぼれた。
人間、本当に美味しいものを食べたら自然と笑ってしまうものだ。
「これ、ダーリンが作ったんですか? こんな美味しいケーキ、宮廷晩餐会でも食べたことが……あれ?」
ウィンディアが首を傾げた。
「どうした?」
「あ、いえ。なんでも」
「あるんだろ? これより美味しいものを食べたことが」
ウィンディアは即座に否定したが、彼女が覚えていないだけだ。
彼女は覚えていないだろうが、俺の作ったスウィートポテトを食べたことがあるからな。それに比べたら、このケーキの味は質が落ちる。
俺は同じケーキと紅茶、食器類をもうワンセット取り出し、大きく後ろにとんだ。そこにはもう一台竜車がある。
「ザッカ将軍、これ、みんなの分のケーキと紅茶だ。悪いが分けてもらっていいか?」
「おぉ、コーマ殿、お気遣いありがとうございます」
「あぁ、遠慮なく食ってくれ」
俺はケーキと紅茶をザッカ将軍に渡すと、再び、前に走る竜車に飛び移った。
「全く、貴様はせわしないな。少しは落ち着いたらどうなのだ?」
サクヤがそんなことを言ってくる。
「笑いながら言っても説得力ないぞ」
「うるさい」
サクヤは自分の顔がほころんでいることに気付いたのか、慌てて防毒マスクで口を隠した。
そういうところは可愛いんだよな、サクヤは。
なんて考えていたら、俺の右手を誰かが掴んだ。
シルフィアだ。
ケーキを食べているが、フォークを掴む手が震えていて、クリームが口の周りについている。
「どうしたんだ、シルフィア」
「こ……この後のことを考えると、体が震えて……」
あぁ、これから聖竜に乗って聖地に向かうからな。
それで怖がってるのか。
「ほら、じっとしてろ。口を拭いてやるから」
俺はアイテムバッグからポケットティッシュを取り出してシルフィアの唇を拭いてやる。
……やっぱり神子とはいえ女の子。その唇は柔らかいな。
って、何やましいことを考えているんだ。
「ダーリン、私も唇にクリームがついちゃったの。拭いてくれないかな? できればダーリンの唇で――」
ウィンディアがそう言って、目をつぶって唇を俺に突きだしてきたので、俺の分のケーキまで食べようとしたマルジュの首根っこを掴んでその顔をウィンディアの顏に押し付けた。
それに気付いたマルジュとウィンディアはお互いの目を合わせ、とても嫌そうな顔をする。
「もう、ダーリン、意地が悪いです」
「校長先生、やめてくれよ……こんなの委員長に知られたら怒られるよ……あいつ、浮気とかそんなの絶対に許さないから」
マルジュのその言葉に、俺とサクヤの目が丸くなる。
「お前、もしかして、委員長と――」
「カリエルナと付き合っているのか?」
俺とサクヤが尋ねると、マルジュは目をキョトンとさせ、
「そうだけど、知らなかったの?」
と言った。
その時、俺の心は、おそらくサクヤ、シルフィア、ウィンディアとひとつになった。
『……子供に負けた』
と。そんな空気のなか、
「ねぇ、あれはなに? グルース」
「あれはカッパーラビットだよ、アルジェラ」
一組の親子は楽しそうに景色を眺めていた。
今後のアイテムコレクターについて、活動報告に少し書かせてもらいました。
ちょっと今章終わったら一カ月の休憩になります。
あ、あとあれが書籍化決定しました。それも活動報告で。




