魔王は逃げられない
「終戦パーティーか……よし、久しぶりにはりきって料理でも作るかな」
場所はスウィートポテト学園の校長室。最近は大忙しだった。戦争が終わったため、これからは学業だといって、入学希望者が数倍に膨れ上がったのだ。
俺ひとりの手には負えないため、メイベルに頼んで、ダークシルドにスウィートポテト学園の分校を創設することにした。
そっちは全部メイベルとエリエールが手配してくれたため、俺は何もしなくてよかった。
最初からこの学校もメイベルに任せたらよかったなぁと思うが、これ以上メイベルの睡眠時間を削ったら申し訳ないので、これでちょうどよかったと思う。
それでも仕事が増えたこともあり、最近はろくに動けなかった。
たまにはアイテムクリエイトを使って変わった料理を山ほど作り、アイテム図鑑を埋めたいな。
それに、料理が趣味になりつつある。
豆板醤とか自作できないかな?
空豆に似た豆はあったけど、唐辛子ってあったっけ?
いや、辛くなくても中華料理は作れるか。
杏仁豆腐とか、ルシルが好きかもしれないな。
「何を聞いている、コーマ」
サクヤが半眼で睨み付ける。
「だから、学校でも終戦記念のパーティーがあるんだろ?」
すでにグラウンドではパーティーの準備がはじまっている。
生徒が主体となっているパーティーで、陣頭指揮は委員長が行っている。
彼女に任せておけば問題ないだろう。
「同盟の締結の後だ。これより、六カ国の神子をはじめとして、重要人物が集まり同盟が結ばれる」
「……まさか、俺にその式典の警備をしろっていうんじゃないだろうな?」
そんな面倒なことは嫌だぞ。
そう言おうとしたら、サクヤは憐れみを込めたような、何か諦めているような表情になり、
「貴様は未だに自分の立場がわかっていないようだな。六カ国間の戦争を止め、全ての神子様に認められた貴様はこの大陸では教皇様に匹敵する重要人物なのだぞ。式典には当然出席してもらわないといけない」
「……またまた、大袈裟な。俺はただの学校の校長だぞ? 仕事は朝礼の時間に長話をして生徒に貧血を起こして倒れさせることだ」
「またわけのわからないことを――この学園の校長の立場ですら重要な立場にあることに違いないんだぞ」
サクヤはどうやら俺を逃がすつもりはないらしい。
本当に失敗した。メイベルにフリーマーケットの店長をしてもらったときみたいに、俺は影の理事長の立場にいて、最初から誰かに校長をさせたらよかった。
いや、実際にそういうことを任せられる人間は少ないんだよな。
メイベルは、俺に絶対に後悔させないとまで言い切った。あそこまで言ってくれる人じゃないと、会ったばかりの人間に店をひとつ任せようだなんて思わなかっただろう。
「はぁ……委員長、はやく大人になってくれ」
俺は心底疲れたように机に伏せた。
机の上にあった書類が床に落ちたが、サクヤが一瞬のうちに全てを拾い上げ、机の上に戻した。
こんなところで無駄に忍の力を発揮するなよ。
「たとえ校長の座をカリエルナに譲ったとしても、貴様が同盟の場に参加しないわけにはいかない。観念しろ」
「でも、六カ国の同盟ってことは、あいつが来るんだろ?」
「あぁ、そこのことか。それは心配しなくてもいい」
サクヤはそう言うと、扉の外を見た。足音がこちらに近付いてきている。
「すでにこちらに向かってきていると連絡があった」
「なっ、それを早く言えっ!」
そう叫んだ刹那――扉が勢いよく開き、緑色の髪の僅かに年上の女性が立っていた。
彼女は俺の姿を見ると、エメラルドグリーンの瞳を輝かせ――
「ダーリィィンっ!」
俺にタックルを――いや、抱き着こうとしてきた。
俺は咄嗟に躱す。
「誰がダーリンだ! 誰が!」
「だって、ルフラ爺が死ぬ前に私に言い残したんですよ、ダーリンはいい人だから結婚するならダーリンみたいな人にしなさいって。私もそう思いますし」
そう言って頬を染めたのは風の神子ウィンディアだ。
長い間水の精霊ディーネによって洗脳されていたが、その後遺症もなくこうして元気にしている。
ルフラが死ぬ前にウィンディアの夢のなかで余計なことを言ったのと、俺の戦争を終結させる手際の良さを見て、惚れてしまったという。
クリスやコメットちゃんが俺に好意を寄せているのは知っているが、ここまで積極的にアプローチしてくる相手ははじめてだ。
しかも、美人だから余計にたちが悪い。
本来ならウィンディアは立場ある人間だから、付き合うことになったら周りが反対するのだろう。だが、この学校の校長という立場なのが災いして、ウィンドポーン側はふたりが望むなら婚姻を認めるなんて言いやがった。
「それより、お前はしっかり風の精霊を見ていろ。今が大事な時期なんだろ」
「もちろん、ダーリンに言われなくても見ています」
ウィンディアは風の宝玉を取り出して言った。
その宝玉の中には、生まれたばかりの風の精霊が眠っているそうだ。
水の宝玉も同じようで、アクアマリンに返した水の宝玉の中にも水の精霊が眠っている。
今はまだ自我と呼べるようなものもほとんどない状態で、会話できるようになるまで二年はかかるとのことだ。
「校長せんせーい、準備できたかい?」
そう言って入ってきたのはマルジュだった。
もともと孤児だったが、この学園に入って生徒として勉強に勤しんでいる。ただし、それ以上に問題行動を起こす不良少年だ。
「マルジュ、何しに来たんだ?」
「なにって、俺も式典に出席するからね。学園の首席として」
「……サクヤ、この不良が適当なことを言っているんだが」
「本当だ。マルジュは先日行われたテストで学園首位をとり、学園の生徒代表として式典に出席することになっている」
「……選定基準に品行方正という項目はないのか?」
「学園の代表者の選出基準に品行方正が必要ではないかと尋ねたら、『この学園の生徒は全員優秀な奴らだ。必要ないだろ』と言ったのは貴様だぞ」
……そんなこと言ったのか。
きっと疲れてたんだな、俺。
「お菓子作りに夢中だったが、やはり適当に答えてたのか?」
……うん、今度から他人の話はきっちり聞かないとな。
「校長先生、まるで俺に品性が欠けるみたいな言い方だな。一応、宮廷作法の成績もそれなりにいいんだぜ?」
「……はぁ……あれ? そういえばウィンディアが静かだな」
そう思ってウィンディアを見ると、彼女はマルジュの横に立ち、
「こうして三人で並ぶと、まるで家族になったみたいですね、ダーリン」
「だぁぁぁぁっ!」
もう嫌だ。逃げ出したい。そう思ったんだが――当然、サクヤに回り込まれた。
勇者は魔王から逃げられないというのはゲームの中では当たり前だが、魔王も迫りくるものから逃げ出せないようだ。




