戦いの終結
~前回のあらすじ~
ジョークがディーネを撃ち殺した。
東大陸の西端。サイカン国の最も西に位置するヴィレラ岬で、僕は彼女と対峙していた。
戦いの最中だというのに、青いショートヘア、青目の彼女は通信イヤリングというアイテムを使って連絡を取っていた。
彼女の冷たい表情から、その連絡の内容は見て取れない。
ここで連絡の邪魔をするような攻撃を畳みかけようかとも思ったが、彼女の連絡の内容次第では、意味もなく彼女を敵に回すことになりかねない。
「……うるさいです。一度言えばわかりますよ」
苛立たしい様子で彼女はそう言った。
その声には僕との戦いの中では見せなかった怒りが混じっている。
「仕事が遅すぎます。今まで何をしていたんですか?」
仕事の連絡だろうか?
だとしたら、ギルド関連だろうか?
「その呼び方をすれば、あなたの有給申請を取り消しますよ」
いったい、何と呼ばれたのだろうか?
気になるが、決してその名前で呼びたくはない。名前の呼び方だけで彼女を敵に回すのは、今まさに彼女を敵に回している僕からしたら愚行としか言えない
「冗談は名前だけにしてください」
そう言うと、彼女は通信イヤリングを虚空に放り投げた。
そして、彼女は僕に向いて言う。
「すみません、お待たせしました。攻撃をしてくれてもよかったのですよ?」
彼女は首を大きく傾けて僕に言った。
「いやいや、そんな無粋なことはしませんよ。ただでさえあなたを怒らせているというのに。これ以上、虎の尾を踏んだうえに逆鱗に触れるような真似はできません」
「私を竜や虎といった畜生と同じ扱いをするだけでも十分に処罰の対象ですよ」
「えぇぇ、怒るのそこ? 竜や虎って本当は畏怖の対象なのに、それを畜生だなんて――」
僕がそう言うと同時に、彼女が持っていたナイフが僕の額に突き刺さる。
僕は無言でそのナイフを抜く。
ナイフと思ったそれはどこにでも売っている安物の包丁だった。
僕はその包丁についている血糊を舐め、笑みを浮かべた。
「おっかないねぇ、レメリカさん」
「嬉しそうですね。以前のあなたはこの場面でそんな風に笑わなかったものですが――サイルマル陛下――いえ、魔王ベリアル」
「あぁ、そっか――レメリカさんがそう言うのならきっとそうなんだろうね。ベリーの影響だな」
そして、僕はその笑みを意図して消し、彼女を睨み付けた。
「そこを通してくれないかな? 僕にはやらないといけないことがあるんだけど」
「そうですか。ですが、あなたがいくと事態がややこしくなるので、大人しく下がりなさい」
「無理だと言ったら?」
「爆発します」
爆発?
そう思ったその瞬間、僕の手に持っていた包丁が爆発した。
魔法の反応はまるでなかった。
ということは、火薬だろう。
「随分前時代的なものを使うんだね。ガイアへの憧れがあるのかい?」
「火薬とは限りません。例えば汚らわしいあなたに触られた包丁が生きているのが嫌になって爆発した――という可能性も僅かに存在します」
あるかなぁ、そんな可能性。
無いと思うな。
でも――僕はここを越えないといけない。
『なら戦えよ、グリューエル』
僕の中から、ベリーが僕に語り掛ける。とても嬉しそうに。
こいつは――
いや、こいつならいけるか。
(ベリー、お前、強いやつと戦いたいんだな?)
『あぁ、戦いたいねぇ。ここは住み心地はいいんだが、敵も酒もねぇからよ』
こいつを野放しにするのは危険だが――でも背に腹は代えられないか。
「わかったよ、レメリカさん。今日は君に従うよ――でも、これだけは覚えておいてね」
僕は笑顔で言った。
「塔を復活させてはいけない。それだけはわかってほしい」
そう言うと、彼女はどこからか取り出したナイフらしきものを、再度ノーモーションで投げてきたので、僕は慌てて虚空へと入っていった。
全く――
(彼女が本気で怒っていなくて、本当によかったよ)
完全に避けたはずなのに、いつの間にか僕の左胸に突き刺さっているナイフを見て、心底彼女を敵に回したくないと思った。
※※※
いったい、何があったんだ?
ディーネが撃たれた? 銃で?
この世界でいろんな武器を見てきたが、銃は存在しなかったし、アイテムクリエイトでも作ることはできなかった。
だからてっきり、この世界ではまだ銃がないと思っていたが。
俺の腕から竜の鱗が消え、破壊衝動もすっと消え去った。
再封印されたようだ。
「コーマ!」
「コーマさん!」
幼い姿に戻ったルシルと、ウィンディアを抱えたクリスが駆け寄ってきた。
「何があったの? 凄い音が聞こえたけど?」
「わからない……が、ディーネが死んだ」
「……そう、こっちでも、ルフラが消えたわ」
「ルフラが?」
「コーマを守るために結界を張ったでしょ? ルフラの生命力を全部使った結界みたいだったの」
……そうか、それであんなに強力な力だったのか。
俺は、ルフラに生かされ、勝利した。
でも、勝利しても、ディーネを失った。
「……コーマさん、失礼ですが落ち込んでいる暇はありませんよ」
「あぁ、そうだな。今もサクヤたちとウィンドポーンの兵が戦っている。止めに行かないと」
それから1時間後、目を覚ましたウィンディアと俺のふたりの名のもと、戦いは終わった。
こうして、長きに渡って続いた西大陸の六国間の戦争は完全に終止符を打つことになる。