神殿への侵入者
~前回のあらすじ~
スライムが大量に仲間になった。
アクアポリスの神殿の泉の中。清められた水の中に、私は沈んでいた。
口から洩れる空気が輪の形になり、水面に飲み込まれるように消えていく。それをただ意味も目的も持たず、見つめることだけが、今の彼女の全てだった。
水そのものである自分が、流れに逆らおうとした結果受けた罰とも言える。
私は一緒に水の底に沈んでいる宝玉を抱きしめ、眠るように目を閉じた。
安穏とした時間が過ぎていく。
しかし、その時は邪なものによって破られる。
私は水面に浮上する。水が形ある衣へと姿を変え、私の細い体を包み込む。
神殿の中を、一羽の蝙蝠が飛んでいた。私の服から放たれた水弾が蝙蝠に放たれた。
羽を撃ち抜かれた蝙蝠は地に落ち、少しの間、残った片方の翼をバタバタと動かした後、全く動かなくなる。
私はその蝙蝠を見つめて言った。
「いい加減に姿を現してはどうですか? そもそも、蝙蝠は翼に穴があいた程度で死ぬことはありません」
そう言うと、蝙蝠の姿をしていたそれは大きな影の塊となり、そして黒いマントを羽織った、黒髪の人間の子供の姿へと変貌を遂げた。
その彼の姿を私は知っている。似顔絵だけだが、彼の姿は東の大陸のひとつの国の王――サイルマル王そのものだ。そして、その正体も私は知っている。
だから、私は彼のことをこう呼んだ。
「このような場所に何の用ですか? 魔王ベリアル」
私がそう呼ぶと、彼は含みを込めた笑いを浮かべ、
『この姿でははじめまして。僕のことはよく知っているようですね、水の神子アクアマリン。それとも別の名で呼んだ方がいいでしょうか?』
「好きに呼んでもらって結構です。たとえ、あなたになんと呼ばれようと私が水の神子アクアマリンであることは揺らぎはしませんから」
『そうですか。まぁ、名前なんて別にどうでもいいんですが――そうですね――』
というや否や、ベリアルは下から睨み付けるように言った。
『何を企んでいる? まさかあれを復活させるつもりじゃないだろうな?』
「……何も企んでいません。ただ、流れを変えたかっただけです」
『あれが復活したら、僕も貴様も無事では済まない! わかっているのか! 水の――』
私の水が今度はベリアルを飲み込むように放たれた。
すると、そのベリアルは水に溶け、浄化されていき、残ったのは、小さな魔石の欠片だけだった。それを拾い上げると、すでにその力が失われたのか砂になって消えた。
「……式神か」
千年以上も昔。かつてこの世界に堕とされた陰陽師なる集団が好んで使っていたという術。
カリアナに住む忍なる種族と同系統の彼らもまた、この世界の時代の中で消えていった部族である。
だが、彼らが残した術は、こうして今もこの世界に残っている。
だが、あの秘術はどこを探してももうこの世界には存在しない。
だから、私は揃えなくてはいけない。
大切なあの子を守るために、必ず。
たとえそれが――すべてを裏切ることになったとしても。
「神子様! アクアマリン様! 大変です!」
そう言って、アクアポリスの女性近衛兵が神殿の中へと入ってきた。
そろそろ来るころだと思っていた。
そして、それは間違いではなかった。
来たのだ――彼らが。
「何があったのですか?」
私は平静を装い、彼女に尋ねた。
すると、彼女は一瞬言葉を詰まらせ、そして叫ぶように言った。
「攻めてきました!」
「敵軍ですか? それとも――少人数の冒険者ですか?」
「どちらでもありません!」
彼女は首を横に振り、その者の名を告げた。
「スライムです! 大量のスライムが、アロマミールの山から町へ降りてきます!」
……それは流石に私の予想外だった。
そして、彼女の報告はどうやら遅かったようだ。
ものすごい勢いと数で町へと降りて来たスライムと思われるその気配は、すでに神殿の近くにまで迫っていた。
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