偽者の所業
~前回のあらすじ~
グルースがルシル料理を食べて一時間が経過した。
グルースは、ルシル料理を食べて一時間後、アルティメットポーションで治療をしたが、まだ目を覚ます様子はない。診察スキルでHPは全回復しているし状態異常もなくなっているから直に目を覚ますだろう。アクアマリンは、グルースの身に起きたアンビリーバボーな出来事を目の当たりにして気を失っている。今考えたら、長年視力を失っていた彼女――目が見えるようになってすぐに見たのがルシル料理の被害者の異形の姿だというのだから、気を失うのも無理からぬことかもしれない。
「それで、コーマさん。どうするんですか?」
ふたりが目を覚ますのを欠伸をしながら待っていた俺の目を覗き込み、クリスはそんな質問を俺に問いかけた。
「水の宝玉と水の精霊の確保だ。あれがなければ、こっちのアクアマリンがいくら自分が神子だと言っても周りが認めてくれないかもしれない。少なくとも偽物のアクアマリンは、何か水の精霊の力を使っていると思う。さすがに数カ月もの間、偽物が神子を騙るとボロも出るだろう。そのボロをものともしない何かが彼女の説得力になっているんだろうな」
そのあたりの情報は、グルースが持っているだろう。
待つこと十数分。
「ん……んん」
「……喉が……喉が……」
牢屋のベッドの上でアクアマリンが目を覚まし、グルースも同時に、喉の渇きで目を覚ましたようだ。
「ふたりとも気が付いたようだな。クリス、グルースには水でも飲ませてやってくれ。アクアマリン、立てるならこっちに来てくれ」
俺の指示に従い、クリスがアイテムバッグから水の入った瓶を取り出してグルースに渡す。そして、アクアマリンも歩いてこっちにきた。
グルースは水を飲む前に一度クリスに礼を言い、そして煽るように水を一気に飲み干した。
落ち着きを取り戻したグルースに、俺は尋ねた。
「グルース、意識ははっきりしているな?」
「え……えぇと、意識を失う前の記憶が曖昧なのですが」
「それは忘れていた方が幸せというものです」
そう言ったのはアクアマリンだった。グルースとは対照的に顔色はあまりよくない。
「コーマ殿とおっしゃいましたよね。ひとつお伺いしたいのですが」
「なんだ?」
「アルジェラは……彼女は元気にしていますか?」
グルースが尋ねたのは、かつて自分が神子として育て上げ、利用するだけ利用していた少女の名だった。
「あぁ、元気に俺の作った学校に通っている。友達もできたそうだ」
「……それはよかった。私が心配するのはお門違いだとわかっているのですが」
胸を撫で下ろすように優しい笑みを浮かべたグルースには、以前の邪悪さ等微塵も感じられない。こいつ、実はもともといい奴だったんじゃないか? と思わせるような笑顔だ。全部ルシル料理のおかげなのだろうが。
「ひとつ聞きたい。お前は誰の命令で、アクアマリンに食事を運んでいるんだ?」
「やはりそのお方は本物のアクアマリン様なのですか?」
「質問に質問で返すなよ……恐らくこっちが本物のアクアマリンだろうな」
「やはりそうなのですか」
どうやら、グルースは薄々はこっちのアクアマリンが本物だとは気付いていたようだが、保身のために深く追求してこなかったのだろう。偽物にとってグルースは側近や忠実な僕などではなく、使いやすい駒のひとつだったのかもしれない。
「グルース、やっぱりアクアポリスにも、このアクアマリンそっくりの偽物がいるのか?」
「はい。そのお方とうり二つのアクアマリン様が地上におわします。しかし、にわかには信じられません」
グルースは杖をついて立ち上がり、アクアマリンを見つめる。
「信じられないって、本物が偽者をこんなところに監禁する必要はないだろ? 本物なら堂々と偽物を偽者と扱い、裁判にかけて公の牢屋にでも入れるだろうが。今後影武者か何かに利用する目的があるのなら、あえて公にせずに監禁する可能性もあるが、それならそれで、不衛生な場所に監禁したり、病気になっても放置したりしないだろ」
「それはそうなのですが――」
グルースは唸るように言った。
「グルース、やっぱり上のアクアマリンが本物だと思わせる何かがあるのか?」
「…………」
グルースは何かを考えるように目を閉じ、そしてちらりとアクアマリンを見て、言葉を絞り出すように言った。おそらく、こちらのアクアマリンに遠慮しているのだろう。
「……その通りです」
「具体的にどんな力か聞いてもいいか?」
「ダークシルドとアースチャイルドを結ぶ賢者の道が封鎖されたとき、後顧の憂いがなくなったダークシルドはアクアポリスに攻め込みそうになった。その時、アクアマリン様――上のアクアマリン様がそのお力を使いになったそうです。ダークシルド側の敵が迫ったその時、味方の軍を守るかのように川が現れたそうです。もっとも、その時に力を使いすぎ、アクアマリン様は神殿のなかで長い間休まれたそうですが」
「川を作った……か」
その話が本当なら、その水の威力は俺の水攻撃の中で最も強力なウォーターボム以上ともいえる。それこそ、たしかに精霊の奇跡といってもいい。
「本当なのでしょうか? その話」
「うーん、鈴子――闇の神子からはそんな話は聞いていないが……いや、でもあいつが上にいるアクアマリンを本物だと思っているのなら、わざわざ教える必要も感じないか。神子ならそのくらいできるだろうって思ったんだろうな」
国境を一撃で溶かす火の神子レイシア。ひとりで無限ともいえるクレイゴーレムを生み出した土の神子アルジェラ。大軍の侵攻を防ぐ結界を張った闇の神子と光の神子――鈴子とシルフィア。神子の力は強大だ。川のひとつやふたつ作っても驚くことではないし、川を作ることができるからこそ神子と言われるのだろう。
「精霊の力を使わずに川を作ることもできるだろうが、偽者でも、川を作ることは不可能じゃないだろ。それこそ、ダムを作って流すとか、そんな手段が――」
ダム――この世界にはすでにダムはある。もちろん、電気を作るのが目的ではなく、雨季と乾季の差が激しい地方で、雨季に水を溜め、乾季に流して利用する。そんな使われ方をしていた。地球においても、数千年前以上前からダムは作られていたそうだし、驚くことではない。
そういうものをひそかに作っていたというのなら、ダムをわざと決壊させ、川を作り出すことはできるだろう。
だが、なんとなく違う気がする。
『ウィンディア様を洗脳できる者がいるとすれば、それは同じ神子の力を持つ方――水の神子アクアマリン様しかいらっしゃいないはず!』
風車の村の村長が言っていた。
偽アクアマリン=魔王説もあるが、そもそも、魔王の目的は【迷宮を食べる】ことだ。人間同士の戦いに介入する理由が思いつかない。
思ったより、この偽物騒動はきな臭そうだ。
ウィンドポーンに入った時みたいに力づくでどうにかなる相手じゃないのかもしれないな。




