養豚場の家にて
~前回のあらすじ~
養豚場でどこかでみたような男がいた。
「なるほど、凶悪犯二人組が国境砦を無傷で突破したのか。それで、怪我人は?」
「それが、誰も。賊はこちらに一切攻撃をしてこなかったので、全員無傷でございます」
「賊は誰も傷つけずに砦を突破したのか。たしかに由々しき事態だな」
「笑いごとではありませんよ。隊長はウィンドポーンの沽券に関わる一大事と仰っているのですよ」
「そりゃあの隊長はプライドの塊だからな。誰の犠牲も出さずに突破されたなど、上には報告できんよな。わかった、その侵入者とやらを見つけたら知らせるよ」
「はっ」
「敬礼はやめろ。私はもう将軍ではない。ただの養豚場の主に過ぎんのだ」
渋い声の男と、ウィンドポーンの兵の声の話し声はその後少し続き、扉が閉じられた。
そして、渋い声の主――かつてアークラーンのシングリド砦を取り囲んだウィンドポーンの第三部隊を率いていたニコライ将軍はこちらに戻って来た。
俺達もいざとなれば壁をぶち破ってでも逃げ出す準備をしていたが杞憂に終わったようだ。
「いいのか? 俺達のことを黙っていて」
「さて、私が聞いた賊の特徴は、身の丈二メートルはある大男と大女で、凶悪な眼差しの持ち主だ。お前たちのような酒も飲まんガキどもじゃない」
そう言ってニコライは椅子を引き、テーブルに置かれたワインを一口含んだ。
「それで、どうかね? 私の豚たちの味は」
「とてもうまいよ」
「とても美味しいのですが……」
クリスは苦笑していた。
何しろ、彼女の横で一匹の小さい黒豚が餌を食べているからだ。
バケツの中に入っている水をたっぷり含んだ餌を。
その横で豚を食べるのはクリスにとって苦痛でしかないだろう。
まぁ、俺は血も涙もない魔王なので、そのくらい全然平気だが……
ちらりと横を見ると、その視線を黒豚も気付いたらしく、こちらを見て首を傾げて来た。
ぐっ、可愛いな。食欲が一気に失せる。
「そうか、喜んでもらえてうれしいよ。少しでも恩が返せたかな」
「恩? 仇の間違いじゃないか? 俺はあんたの隊を全滅させた記憶しかないんだが」
「それでも、捕虜となった私に対し、貴君の対応は敵ながら尊敬せざるをえない。謎の鳥の攻撃で傷ついた我々の治療、そしてあのショックで食べることもままならなかった私達に与えられた豚汁は、まさに至高の味。そう、私が軍をやめ、養豚場を営めているのは全て貴君のおかげなのだ」
「だから、国を裏切って、俺達を庇うと?」
俺がやや皮肉っぽく尋ねた。
すると、ニコライは豚肉を切り分けながら言った。
「最初に裏切ったのは、私ではなく祖国だ。貴君は覚えているだろうか? 我々第三部隊の食糧庫が燃えたことを」
「あぁ……お前の部隊の奴が火を放ったんだよな。上に命令されていたんだろ?」
「全員死んだよ」
「え?」
「原因は不明だが、魔術的なものだと思う」
そして、ニコライはフォークで肉を突き刺した。力強く。食器が揺れて音を立てた。
静寂が場を支配する。
「中には故郷に家族を残して来たものもいた。この戦いが終わったら結婚を約束した恋人を待たせている者もいた。何故、何故彼らが死ななければいけないのか? 私が上に尋ねたら、帰って来た答えは信じられないものだった。つまり、アークラーンのものに殺されたのだと。国中にそう伝えられた。それが間違いだと私は知っている。そもそも、彼らは私に黙って食糧庫を燃やすような者ではない。そして、あの時食糧庫が燃えることが一番辛いのはアークラーンの兵。すなわち、アークラーンが彼らを操っていたなどありえない。彼らは操られていたに違いない。そして、彼らが死んだのはその副作用に違いない。私はそう見ている」
そう言って、彼は肉をナイフで切った肉を口の中に入れた。
苦虫を噛み潰したかのような顔で肉を噛みしめる。
「でも、誰がそんなことを? 風の神子様が?」
「ウィンディア様がそのようなことをするわけがないっ!」
ニコライが再度テーブルを叩くと、テーブルの隅に置かれていたワイングラスが落ち、砕け散った。
木の床に赤いワインが吸い込まれていった。
「すまない」
ニコライがそう言ってワイングラスを片付ける。
「……確かに、ウィンディア様の力があれば他者を操るのは容易。だが、私はアロア様が怪しいと思っている」
「アロア? 確か……水の神子の名前だったよな?」
「ああ。彼女の水にも他人を操る力がある」
「ニコライはウィンディアがアロアに操られていると?」
「そう思っている」
なるほど……な。
水の力で操られているのなら、アルティメットポーションで治せるんじゃないだろうか?
魔術的なものなら、ルシルを連れてくれば何かわかるかもしれない。
「ニコライ、そのウィンディアのところに案内してくれないか? 仮にウィンディアが操られているのなら、俺ならそれを治せるかもしれない」
「……悪いがそれはできん。貴君のことは尊敬しているし感謝もしている。だが――貴君の言葉を全面に信用できない。申し訳ない。そもそも、私にはもう神子様に会うことはできない。軍を辞めた人間だからな」
「……そりゃそうだよな。豚たちの世話もあるだろうから。悪い、無理を言った」
情報を貰えただけでも、そして、ここに匿ってもらえただけでも十分だ。
俺とクリスは小屋の中で一晩過ごし、ニコライに礼を言って谷の底の小屋を出た。
黒豚と別れるとなって、クリスは少し涙ぐんでいた……感情移入するのが早すぎるだろ。




