はじめてのお買い物~後編~
コーマさんに案内していただき、僕はようやくフリーマーケットにたどり着きました。
フリーマーケットには多くのひとが出入りしています。冒険者風のひとや貴婦人のようなひとまで出入りしています。
僕のような人間が入っていいのでしょうか? そう思っていると足が竦んでしまいます。ですが、待っている余裕はありませんでした。
コーマさんが扉を開けてしまったからです。
「いらっしゃいませ」
そういって出迎えたのは、緑色の髪の、僕より少し年上の女性でした。
(エルフだ……はじめて見た)
ぼぉっとして考えていたのは、そんなことでした。
「コーマ様、そちらのお方は?」
「客だ。拾ってきたぞ」
「いつもありがとうございます。ですが、お客様を物のように言うのはやめてください」
エルフの店員はそう言ってコーマさんを窘めました。このふたりが知り合いだというのはすぐにわかりました。
「坊主、このひとがこの店のオーナー兼店長のメイベル・ヴーリヴァだ。買いたいものがあるのならきっちり言うんだぞ」
「わ、わかりました。あの、薬を買いたいのです。これで」
僕はそう言って、皮袋の中の銅貨を出して言いました。
銅貨は手から零れ落ちそうになります。
その銅貨を見て、コーマさんとメイベルさんは顔を見合わせました。
……やっぱりこの銅貨じゃダメなのでしょうか? 土塗れのこの貨幣を見て、乗合馬車のおじさんも少し嫌そうな顔をしていました。
こんな綺麗なお店で、こんな土塗れの汚れた銅貨じゃ……、
「お客様、どのような薬をお探しでしょうか?」
「どのような? お母さんの病気を治すことができる薬を」
「お母さんの病気ってどんな病気かわかりますか?」
どんな病気……そう言われて僕は説明しました。
故郷で数年から数十年に一度流行る風土病で、呼吸が苦しくなってだんだんと手足がしびれていき動けなくなり、そのまま死んでいく病気です。そう説明し、故郷の場所も話しました。
そう説明したら、メイベルさんは難しい顔になりました。
「それは恐らく竜病ですね」
「竜病?」
「ビル・ブランデの山奥に住んでいたブルードラゴンがまき散らした病気です。半年ほど前に同じ病気にかかった人の話を聞いたことがあります……が解毒ポーションを試しても治らなかったんです。治療するにはドラゴンの角が必要だと言われていますが、それでも症状を一時緩和するだけで」
メイベル店長の話を聞いて、僕は愕然としました。
でも、症状を和らげることができるのなら。お母さんの苦しみを少しでも和らげることができるのなら。
「あ、あの、ドラゴンの角って売ってるんですか?」
僕は苦肉の策で訊ねました。
「ドラゴンの角の粉末でしたら、そこの棚の中にあるのですが」
そういって、メイベルさんはカウンターの上の棚を見ました。
白い粉末が置かれていますが、その値段を見て、僕は涙が零れ落ちました。
金貨12枚。
僕が一生働いても稼ぐことのできない金額です。
「メイベル、その病気はどうやって治したんだ?」
「すみません、それは……私の友達の友達がなんとか治したと聞きましたが。でも、彼女も今はどこにいるのか」
「そうか……」
コーマさんとメイベルさんがうーんと考えます。
そのふたりに僕は頭を下げました。
「ありがとうございます。コーマさん、メイベルさん。僕とお母さんのためにそこまで考えてくれて。でも、もう大丈夫です。村に帰ってお母さんの看病をすることにします」
お母さんの看病は、隣の家のおばさんに頼んでいるけれど、あまり迷惑はかけられません。
「あ、そうだ。このお金で何か美味しい食べ物って売ってますか?」
僕が尋ねると、メイベルさんは申し訳なさそうな顔をしました。食べ物はいくつか売っているけれど、ビル・ブランデの僕の村まで日持ちするようなものはないそうだ。
それならと、僕は一枚のハンカチを買うことにしました。花の匂いのするハンカチで、家から外に出ることのできないお母さんへのプレゼントにします。
「いいのか? 諦めても……その病気が竜病だって確信はないだろ? といっても、その銅貨じゃこんな薬程度しか買えないがな。どうする? お母さんの病気は治らないと思って、思い出だけ買って帰るか、一縷の望みを託してこのポーションを買っていくか」
そう言って、コーマさんは棚の中にあった一番安い薬を僕に渡しました。
「ポーション……これでお母さんの病気が?」
「治るかどうかなんて試してみないとわからないよ」
僕が考えたのは少しの間だけでした。
コーマさんは僕に薬を渡して帰りの乗合馬車代を除いたすべての銅貨で薬を売ってくれました。
そして、サービスとして、缶に入ったクッキーを僕に渡しました。
これなら日持ちするから家に帰ってから食べるといいと言ってくれました。
僕は何度も何度もコーマさんに頭を下げ、クッキー缶を持って村に帰りました。
そして、病気のお母さんに薬を飲んでもらいました。
僕は神に、聖女様に祈りました。
ですが、その祈りは神にも聖女様にも届きませんでした。
三日経ってもまったく良くなる気配がありません。
お母さんは声にならない声で僕に言いました。僕はその声を唇の動きで読み取りました。
ありがとう。お母さんはたしかに、そうぼくに伝えたのです。
何もできなかったのに、お母さんの病気を治すことができなかったのに、お母さんは僕にありがとうと言ったのです。
「お母さん、お願い……僕を置いていかないで」
涙が出てきました。でも、それでももう……。
僕は「そうだ」と、コーマさんから貰ったクッキーの缶を取り出しました。
「これ、ラビスシティーでもらったクッキー。お母さん、食べて」
お母さんはもう物を噛む力もないので、僕はクッキーを砕いてお母さんの口の中に入れ、そして水を流しました。
「……おいしい」
それは、数年振りに聞いたお母さんの声でした。
「え? お母さん?」
「……マイラ? マイラ!」
お母さんは上半身を起こし、僕に抱き着きました。
奇跡が起こったのです。
なんでクッキーを食べてお母さんの病気が治ったのかはわかりません。ですが――
「マイラも一枚食べなさい。とても美味しいわよ」
「……いいの?」
「うん、だって、これはマイラのじゃない」
お母さんに言われて僕もクッキーを一枚食べました。
その時、僕の頭のなかに、聖女様の姿が浮かんだのです。
そうか、聖女様はきっといつも僕達を見ていて、このクッキーに力を与えてくださったんですね。
それにしてもこのクッキーはとても美味しいです。
もしもこのクッキーを売れば……なんて邪な心が僕の中をよぎりました。
でも――
「ねぇ、お母さん。お願いがあるんだけど」
「うん、マイラの言いたいことはわかっているわ。マイラの思う通りにしなさい」
「ありがとう。お母さん大好き!」
僕はその後、クッキーを村の皆に分けて食べてもらいました。
すると、クッキーを食べた村人全員が、患っていた病気や持病、怪我が全て治り、全員がとても元気になりました。
僕の村はまだまだ貧乏です。
ですが、全員それを嘆くことがありません。
だって、一生懸命頑張っていれば奇跡が起きるんだと知っているから。
そして、僕は新たな夢を見ます。
贅沢であることはわかっているのですが。
僕を二度も助けてくれたあの人……コーマさんと。
僕は来るはずのない未来を想像して、微笑いました。
※※※
「コーマ様、あの子のお母さん、治るでしょうか?」
「ポーションで治るわけないだろ、メイベル」
「ポーションではなくて、コーマ様のクッキーで、ですよ。何かしたんでしょ?」
「さぁな。でも、あのクッキーの代金はしっかり貰ったからな」
「土だらけの銅貨……確かにコーマ様にとっては最高の報酬なんでしょうね」
「ふん、まぁ坊主が幸せになろうが俺の知ったこっちゃないよ」
「コーマ様、気付いていなかったんですか? あの辺りでは盗賊がよく出て、若い女性が攫われてしまうので、可愛い女の子はあえて男の子のフリをさせるそうなんですよ?」
「え、それって……」




