本の手紙~後編~
扉を叩く音が聞こえた。
わざわざ二回ノックをして、さらには返事を待つ者は限られるので、誰かと尋ねずにどうぞと言った。
予想を裏切ることもなく、扉が開かれるとコメットちゃんが入ってきた。
「コーマ様、料理の本を見てお茶を淹れてみたんです。飲んでもらえませんか?」
「……あぁ、いただくよ」
俺は笑顔を作って頷くと、コメットちゃんはテーブルの上に俺専用の湯呑みを置いた。
コメットちゃんが味の感想を求めているようなので、冷めるのを待たずにお茶をすするように飲んだ。
「うん、美味しい。お茶の香りがいつもより際立ってるね。甘い物が食べたくなるよ」
「それなら、前にコーマ様から教わったスイートポテトを作ってきますね」
スイートポテトができる頃にはこのお茶も冷めちゃうだろうなぁと思っていたが、嬉しそうに出ていくコメットちゃんの背中を見て、俺は何も言わずにもう一度お茶を飲んだ。
「あちっ」
今度は思ったよりもお茶が口の中に入ってしまい、俺は自分の失敗に苦笑する。
そして、手紙の続きを読んだ。
【この手紙を読んでいる頃にはワシは生きてはいないだろう。この一文は、本の中では何度も読んだことがあるが、いざ自分で書くとなると、妙な気持ちになる】
そんなことを書かれると、読んでいるほうも変な気持ちになる。
おそらく、笑うところなのだろうが、爺さん、壊滅的にギャグのセンスがないぞ。
【坊主のことだから、きっとワシのコレクションを全て買い取ったのじゃろう。もっとも、これはワシの憶測であり、坊主がワシのコレクションを見捨てるような小童ならこの手紙を処分してほしい】
死んでも相変わらずの減らず口だな。
あぁ、全部買わせて貰ったよ。
結構高くついたがな。
【もっとも、坊主のことだ。後先考えずに手にしたのはいいが、どう処分したらいいか悩んでいることだろう】
そんなことないよ。
あいにくうちの魔王軍のメンバーは読書家揃いだからな。
さっきもメディナが来て園芸の本を借りていいか聞きにきたよ。
まぁ、大半の本は俺達にとっては役に立たない本だろうが。
【もしもその本を活用できるというのならそのまま使ってもらいたい。だが、もしも処分に困っているのなら、それらの本を図書館に寄贈してもらえないじゃろうか?】
図書館に寄贈。その言葉はいかにも爺さんらしいが、でも不思議な感じもする。
寄贈を望むなら、なんで生きているうちにしなかったんだ?
本人が死んでしまっているため迷宮入りになると思われたその答えは、意外と簡単にわかった。
※※※
「そうですか、全て図書館に寄贈なさったのですか」
上品な老婆――爺さんの奥さんは俺からの報告を聞き、反芻するように静かに言った。
「全てではなく、何冊かは貰いましたが。気になる本があるのなら見に行ってください」
「気になる本なんてありませんよ。あのひとにとって本がすべてだったようですが、私の事を愛していたのかどうか。お見合い結婚でしたけれど、結局、彼が愛したのは私でも家族でもなく、本だけだったんです」
「そんなことはないと思いますよ。爺さ――ご主人が買っていた本は異様に絵本が多かったですよね。それってお孫さんと読むためじゃないんですか? ご主人、最初のお孫さんが生まれてからは絵本を買う割合が増えたって本屋の店主が言ってましたよ」
「……言い訳ですよ。本を買う言い訳に家族を使っているんです」
老婆はお茶を飲んで、笑いながら言った。
「でも、奥さんは旦那さんのことを愛していたんですよね」
「え?」
俺の問いに、彼女はこちらを見て、そして驚き、声をだした。
彼女が見ていたのは俺の持っている手紙だった。
随分と古い手紙らしい。
「奥さまが書いた恋文ですよね。本の中に挟まってました。失礼ですが、中身を見てしまいました」
「……ええ、私はあの人を愛していました。いいえ、愛そうとしたのでしょうね。親が決めた結婚とはいえ、一緒に暮らす以上は愛したいと思ったんです。そのための恋文でした。でも、本の中に挟んでそのままにしておくあたり、彼は結局私のことを――」
「その手紙ですが、この本の中に挟まっていました」
俺はアイテムバッグから一冊の本を取り出す。
図書館に寄贈しなかった本だ。
彼女はその本を見て、
「あの――身勝手なお願いだとは思いますが、その本を」
「どうぞ、読んでください。きっと旦那さんはそれをあまり望まれていないでしょうね。あのひとは恥ずかしがり屋のようですから、きっと最後までこの本をあなたに渡すか渡さないか悩んでいたんだと思いますよ」
だから、彼は図書館に本を寄贈するタイムリミットを逃してしまったのだろう。
俺は手紙の二行を思い出して笑った。
【ある本の中にある手紙を処分してもらいたい】
これが爺さんの望んだ結果だとは思わないが、処分の仕方までは指定されていないからな。
最後にしてやったりってところだ。
その本の内容がどんなものか、読んでいない俺には理解できない。
それでも――その本のタイトルを見たらだいたいの想像がつく。
【手紙を挟んでいる本の題名は、“返事”だ】
そういう願い事をするのは勇者様にでも願うんだな。
生憎、俺は魔王だから好き勝手やらしてもらったぞ。
俺は読み終えた手紙を上に放り投げ「ファイヤー」と魔法を唱えた。
火の玉が空へと飛んでいき、消えて見えなくなった時、手紙の灰が雪のように降って来た。




