孤児院の聖なる水
「クリス姉ちゃん! 大変なんだよ」
コーマさんを訊ねて、フリマの従業員用の寮に来たのは、孤児院に住んでいるカイルくんでした。
ちなみに、ここには私とアンちゃんしかいません。
「久しぶりなの」
スープを飲むためのスプーンを持っていた手を上げてアンちゃんが挨拶をしていました。
「おう、アン、元気そうだな! ってそれどころじゃねぇんだ! クリス姉ちゃん、コーマ兄ちゃんは!?」
「コーマさんなら仕事でいないですよ」
今朝からアークラーンに行っています……とは言えませんよね。
普通、アークラーンに行こうと思えば最低でも一カ月はかかりますからね。
サクヤさんに仕事の説教を受けているはずですから、少なくとも今日一日は通信イヤリングを使っても連絡できないと思います。
「あの、どうしたんですか?」
「このままじゃ、俺……俺……」
カインくんは感極まって泣きそうになっています。
もしかして、誰かが病気になったのでしょうか?
まずは、事情を聞かないといけません。
「どうしたの?」
「昼ごはんが食べられなくなるんだよ」
事情を聞くと、井戸から変なガスが噴き出たんだそうです。
なるほど、たしかにそれはコーマさんの担当でしょう。
コーマさんはアイテムにも詳しいですからね。
でも、私も冒険者の端くれ。
いろいろと情報の知識はあります。
ということで、井戸水を見せてもらいました。
「……ガス……なんなんですか、これ。匂いもしないし……毒性もありませんが」
でも、桶の中の水からは、確かに何か気泡が出ているのはたしかです。
「いいですか? 絶対に飲んだらダメですよ!」
まずはそこを徹底しないといけません。
「え? もう飲んじまったよ。シュワシュワしておいしかったよ?」
なるほど、つまりは即効性の毒はないってことですね。
よかったです。
「……うーん、メイベルは忙しいですし、こういうのに詳しそうな人ですぐに来れそうな人は……あの人しかいませんね」
※※※
「くそっ、サクヤの奴、俺を過労死させる気か」
俺は悪態をついていた。なにしろ一週間の間に一ヶ月分の仕事をさせられたからな。
学校の業務だけならまだしも、なんでザッカ将軍のところで新人育成訓練に付き合わないといけないんだ。
しかも、新兵に間違えられて扱かれる始末。まぁ、逆に俺を扱こうとした新人隊長が壊れそうになっていたのでフォローしたが。
レモン炭酸水を飲みながら、俺はラビスシティーを歩いていた。
町を行き交う人を見て、いつもと違うことに気付いた。
やけに教会関係者が多く、しかも樽を持っている。
(なにかあったのか? 神父さんの仮装パーティーか)
だとしたら不謹慎だろうから、やっぱり本職の人間か?
でも、それなら背中に背負ったり、荷車に乗せて運んでいる樽の説明がつかない。
「あ、コーマさん、やっと帰ってきたんですか……」
俺が歩いていると、俺に声を掛けたのはクリスだった。
何故かやつれている。
「あ、コーマさんも聖なる水を買ったんですか?」
「え? 聖なる水?」
「それですよ……はぁ……相談するんじゃなかった」
……全然事情がわからないんだが。
「詳しく話を聞かせてくれないか?」
「それがですね、井戸の水から謎の気泡が発生してしまって――」
謎の気泡って……もしかして……
「それって、この水みたいな気泡か?」
俺は持っていたレモン炭酸水を見せた。
ガラスの容器に入れているので、外からでもよく見える。
「はい、それですよ」
……なるほど、まずは事情をひとつ飲み込めた。
一週間前、俺が炭酸粉を作った時、カイルがちょうど修道女に井戸にさらし粉を入れるように言われていた。さらし粉は、井戸の中の藻を枯らすために使う粉で、少量なら人体にも悪影響はでない粉だ。
カイルの奴、さらし粉と間違えて炭酸粉を入れやがったな。
俺があんなところに置いていたのも悪いんだが、ちゃんと確かめろよ。
「それで、私、どうしたらいいかわからなくて、相談したんですよ」
「相談? メイベルにか?」
「いえ、メイベルは忙しかったので、ちょうどラビスシティーを訪れていたサイモンさんに」
サイモン……たまに名前を聞く、たぶん詐欺師っぽいやつだ。
実はクリスの叔父らしいのだが、クリスはそのことを知らないだろうな。
俺も黙っているが。
「それで、サイモンさんは井戸の水を見て、別に珍しいものではないと言ったんですよ」
「あぁ、たまにあるらしいな」
天然の炭酸水は存在する。
この世界では見たことがないが、日本で旅行している時に天然炭酸水の出る井戸を見たことがあるし、最近だとインターネットでも買うことはできるだろう。
この世界ではまだ見たことがないが、知っている人は知っているだろうな。
「はい。その水は神様が授けてくれた聖なる水だとサイモンさんは言ったんです。井戸が教会の敷地にあったこともそうですが、実際にその水を飲んでみた人の多くが噯気を出しまして――」
そりゃ、炭酸を飲んだらげっぷくらいでるだろう。
「それが、体内に溜った邪気を払って体外へと追い出しているんだとサイモンさんは語ったんです」
……相変わらず、適当なウソをつく奴だな。
絶対、そいつは炭酸水についてちゃんと理解していたのだろうな。
「教会公認の書状を貼ったんです。それから、毎日のように近隣国の教会関係者や敬虔な信者の方々が聖なる水を買いにきまして――今朝になってようやく井戸の水の気泡がなくなったので販売を終えたんです……」
「そりゃお疲れ様。で、その売り上げは?」
「修道女が、全て寄付すると言ったので、責任を持ってサイモンさんが持っていきました。サイモンさん、今回はとても親切だったんですよ。飲み水に困るだろうからってわざわざ飲み水を取り寄せてくれて、しかも子供達にはジュースまで買ってくれたんです」
あぁ、寄付せずに全部懐に入れるつもりだな、サイモンの奴。
あと、水を買ってきたのは絶対に親切心じゃないぞ。売り物の井戸水を孤児院の飲み水として使われたら困るからだ。
「ところで、クリス……聖なる水に対抗して、邪悪な水を飲んでみるか?」
俺はそう言って、試作コーラを取り出した。
瓶に入れていて、アイテムバッグに入れる前にギンギンに冷やしているので今なら美味しく飲める。
「うぇ、なんですか、その黒い水……絶対いりませんよ」
「そうか、それは残念だな、旨いのに」
俺はそう言うと、栓抜きで瓶の蓋をあけた。
瓶の王冠が思ったより勢いよく飛んだので、俺は思わずジャンプしてその王冠をキャッチした。
その勢いで瓶の中のコーラが思いっきりクリスにかかった。
やまなしおちなしいみなし。
コレクターつながりでいうと、
ドラえ〇んに出てくるの〇太くんは、「瓶の王冠」コレクターなんだそうです。
でも、その設定って今ではどうなんでしょうかね?
子供にはわかるのでしょうか?
カルピス(原液)も栓抜きがないと開けられなかったあの時代が懐かしいです。
私が仕事上、週に二度いく喫茶店はそんな時代の中でも未だに瓶のコーラをグラスに注いでくれます。
それが嬉しいと思う反面、味の違いのわからない自分にはトップバリューのコーラで十分なのにと思ってしまいます。




