黒刃、血に沈める
~前回のあらすじ~
ゴーリキと遭遇しました。
ゴーリキについて、かつてクリスは熱く語っていた。
魔竜を一人で倒す大剣使い。
ある国の戦争で、1000人の兵に囲まれながらも孤軍奮闘し、それ以上の被害を恐れた将軍が退却したという逸話を残す。
その後、彼を雇っていた国が将軍として迎えると提案するも、それを断ったという話も有名らしい。
そのゴーリキの唯一の黒星というのが、ルシルの作った薬草汁だというのはとても申し訳なく、それとなく謝罪したいと思っていたんだが。
まさか――こんな再会をすることになるとは。
「ゴーリキさん、あなたが通り魔の犯人だったなんて」
クリスは剣を抜いて、俺の前に出た。
「コーマさん! スーさんとシーさんの治療を!」
「わかった」
俺はアイテムバッグからアルティメットポーションを取り出し、二人に飲ませる。
だが――ゴーリキが異常だと気付いたのはそれからの彼の行動だった。
クリスが剣を抜いてるのに、ゴーリキはそれを無視して、剣で肉塊を切り続けた。
スーとシーが、ゴーリキから距離があったのも、傷ついた二人よりも肉塊を切り続けていたからだった。
そして、血を浴びるたびに、彼の持つ剣が黒く染まっていく。
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ブラッドソード【剣】 レア:★×7
嗜血の呪いを受けた剣。血を吸うたびに強くなる。
剣を持った人間は思考を奪われ、剣の言いなりになる。
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「クリス! あの剣が原因だ!」
「わかります、凄い邪気です」
ブラッドソードがゴーリキを操ってるってことか。
考えうる限り最悪の組み合わせだな。救いがあるとすれば、ゴーリキの思考が奪われていることと、彼の専門が大剣だということだろうか。
「助かったよ、礼を言うわ。……気を付けな、奴は普通じゃないよ」
スーは立ち上がり、裾の中から短剣を二本構える。暗器使いか。
奴がふつうじゃないのはわかってる。俺はシーに薬を飲ませながら頷いた。
「見ていろ」
スーがそう言うと、短剣を二本ともノーモーションで放った。
前兆もなにもないその攻撃、今の俺では避けられない……そんな攻撃をゴーリキは……避けずに首に刺さっていた。
あっけない……あまりにもあっけない勝利。
そう思ったが――
ゴーリキは首に刺さった短剣を抜くと、血が噴水のように噴き出た。
だが、ブラッドソードで首を撫でると、傷口が塞がった。完全にふさがったわけではない、かさぶたは残っている。
よく見ると、額にもかさぶたがあり、上半身にも多くの傷ができてはかさぶたで塞がっている。
「どんなに急所を狙っても死にやしない。それどころかこっちに見向きもしない」
「……ならば首を切り落とそうと二人同時に切りかかった結果がこの様。情けないよ」
シーが引き継いで答えた。
「……首じゃダメです。剣が原因なのなら、腕を切り落とします」
全部終わったらポーションを使ってきっちりくっつけますから、といい、クリスは剣を抜いた。
その速度はまさに神速。反応の神薬を5本飲んでいるにもかかわらず、抜刀の瞬間しか見ることができなかった。
流石は白光の二つ名を、俺の中では瞬迅の二つ名を持つクリスだ。
だが――
剣と剣がぶつかる金属音が、爆音のごとく響き渡った。
クリスの剣をゴーリキの剣が受け止めていた。そして、ゴーリキはその力でクリスの剣を弾き返した。
あれを捉えられるのか。
何か方法がないか。魔法、俺の火炎球ならどうだ?
ダメだ、俺の魔法なんてまだまだ未熟だ。奴に当たることは……いや、当てればいいのなら。
「スー、もう一度奴の首を狙えるか」
「何か考えがあるのか?」
「成功するかは微妙だがな」
スーは「そこは『俺に任せろ』くらい言ってみせろ」と文句を言いながらも、「最後の一本だ」とそう言い、短剣をゴーリキに放った。
短剣が突き刺さり、ゴーリキはただ作業のように短剣を抜いた。
殺すことになるが、勘弁してくれよ。
俺はそう念じ、
「火炎剣!」
そう叫ぶと、剣に炎の効果が付与された。ただし、俺の剣でもクリスの剣でもない――ブラッドソードに。
ゴーリキの剣から傷口に、顔にと炎が燃え広がる。
血は操れても炎は操れないようだな、ブラッドソード。
だが、この炎ですら手段でしかない。
今日の俺は所詮は勇者の従者なんでね――
そう、本物の勇者様がこの瞬間を見逃すなんてことはなかった。
クリスの剣がゴーリキの腕を捉え――――――
「え?」
その声はクリスから発せられた。
なぜなら、ゴーリキの腕が一本の巨大な剣に変わっていた。
ゴーリキの持っている剣は、その巨大な剣から生えているように見える。
そして、ゴーリキの剣が無残にもクリスの腹を貫いた。
「クリスゥゥゥゥゥっ!!」
突如、俺の中で何かが弾けた。
アイテムバッグの中からプラチナソードを取り出し、力の限り前に跳ぶ。
『コーマ! ダメ!』
通話状態にしたままだった通信イヤリングからルシルの悲鳴とも取れる声が聞こえたが、俺の動きは止まらなかった。
剣をゴーリキに突き刺した。その勢いに、ゴーリキの身体が数十メートル吹っ飛ぶ。
だが、それでもゴーリキは立ち上がった。やはり、首を切り落とすべきだった。
甘い考えを捨て、俺はアイテムバッグから二本目のプラチナソードを取り出す。
『コーマ! 今のあなたはこのままだと――』
ルシルの声が聞こえた。このままだとどうなる?
俺がゴーリキを殺す?
あぁ、俺はゴーリキを殺そうとしている。
それで大切な人を守れるなら……守る……守るなら先にするべきことがあるんじゃないか?
ぐっ……
「こっちから物音がしたぞ!」
「ユーリ様、こちらです! 早く来てください!」
ギルド員の声が聞こえ、ゴーリキが去っていく。
それを俺は追いかけず、
「クリス! 待ってろ、今治療する!」
アルティメットポーションを取り出し、クリスに飲ませた。
すぐあとにユーリがかけつけたが、ゴーリキの向かった先は入り組んだ道らしく、しかも映像送信器のない場所だったため、追いつくことはできなかった。
今回の戦いは完全に俺達の負けだ。
※※※
「コメ姉ちゃん、どこにいくの?」
朝、静かに出て行くつもりだったんですが、カイルに気付かれてしまいました。
「お姉ちゃん、これから仕事があるの。また休みの日に遊びに来るからね」
「おう、安心しなって。シスターもみんなも俺が守ってやるから」
「うん、カイルは勇者だもんね」
私はカイルの頭を優しく撫で、孤児院から出ました。
朝といっても夜明け前ですが、開店準備もありますから、そろそろフリーマーケットに戻らないといけない。
名残惜しい気持ちもありますが、また来ることができますよね。コーマ様の下で働いていたら。
コーマ様の顔を思い浮かべ、私の胸が少し痛くなります。心地よい痛さです。
やっぱり、私、コーマ様のことが……
それにしても、朝だというのに町が妙に騒がしい気がする。
ギルド職員が走り回っていますし、何かあったのかな。
そう思い、いつもの道を進んでいると、声が聞こえてきました。
「血が……足りない」
男の人の声。
その声に、私の足が動かなくなりました。
声のした――脇の道を見ると、顔に火傷を覆った、頭に獣の骨をかぶった大男。
一度店に訪れたことがあります。名前はゴーリキさん。
彼が、どうしてここに。
「血が……足りない」
脳が足に逃げろと命令を送ります。なのに、私の足は動く気配がありません。
「貴様の……血……よこせ」
気が付いたときには、黒い剣が私のおなかを……貫いていました。
それがどういうことか、いつも反応が遅いと言われる私にもすぐに理解できました。
あ……私、死ぬんだ。
死んじゃうんだ……。
力が抜けていきます。
でも、私は胸を張って言います。
私の人生は幸せだったと。
あなたに会えて幸せだった。
心残りは、あなたへの感謝の気持ちを一割も伝えられなかったこと。
心残りは、あなたへの思いを最後まで言えなかったこと。
お願いです、悲しまないでください。
お願いです、嘆かないでください。
お願いです、笑ってください。
私は、あなたの笑顔が大好きです。
本当はもっと早く出会えたらよかったと思いますけど。
会って少ししか話すことができなかったけど。
この気持ちが、敬愛なのか、初恋なのかはわからないけど。
それでも、あなたのことが大好きです。
「……コーマ……様」
閉じた瞼に浮かんだ愛する人の姿を心に焼きつけ……私の意識はそのまま……
※※※
俺がゴーリキを逃がした日。18人が殺されたと冒険者ギルドから連絡を受けた。
そして、殺された被害者の一人がコメットちゃんだと聞き、俺は――




