タラの修行旅~前編~
赤土の大地を踏みしめて歩く。
背負ったリュックサックの中の白金の重みがずっしりと体に伝わってくる。
300キログラム。
常人なら持ち上げることすらかなわないその重みも、今の某にとっては綿のように軽く思える。
これだと修行にならない、そう思いながら、空を見上げた。
太陽の日差しが眩しい。
帽子代わりにしている獣の頭蓋骨で日差しを隠す。
この頭蓋骨は、かつて人間のゴーリキだったころ、魔物の巣の中で十日間戦った後、仮眠をとるときに倒した獣の骨を被ることで匂いを隠そうとした。結局意味がなく、結局十七日間不眠で戦い、魔物を全滅させた。
その後五日間は眠ったが。
その時、頭にはまった頭蓋骨がとれなくなり、結局そのままつけたままにしていたのだが、コボルトだったタラと融合した後もこの骨を付けたままなのは、ゴーリキが意外とこの骨を気に入っていたのか、それともコボルトだったタラが骨が好きだったのか、今でもわからない。
とにかく、今でもこの頭蓋骨が自分のトレードマークになっているため、もしもこれを外したら、主はおろかいつも一緒にいるコメットですら某のことがわからないのかもしれない。
そんな不安もあって、結局自分はこの頭蓋骨を永遠につけ続けることだろう。
おかげで、自慢の犬耳が誰かの目につくことはもうないのだろうとか思いながら。
この山に来るのも久しぶりだ。
この山は竜の住処であり、人間のゴーリキだったころはよく竜を倒したものだ。
休暇を頂き、ルシル殿に頼み、転移陣を使いここまで来たが、そろそろ帰らないといけない。
夕食の時間までに帰らないと、コメットが怒る。下手したら明日の朝食まで減らされる恐れがある。
だが、世界は思ったようにはいかないようにできているらしい。
もっとも、思ったようにできているのなら、人間のゴーリキは勇者として生き、こうして今の自分にはなれなかったわけだが。
何が起こったのかというと、毛皮のフードを被った少女が襲われていたのだ。
そばかすの少女で、どことなくコメットに似ていた。
この近くの村の者だろうか? いや、このあたりに村などなかったはずだが。
相手は飛龍だ。まっすぐ少女のほうに滑空している。
細い胴体に巨大な翼、そして紺色の鱗はこのあたりの飛竜の特徴でもある。
人間だったころは油断したら怪我をした相手だ。
少し足に力を入れて跳び、背中の荷物を手に取り、それを投げつけた。
300キログラムの重さのあるそのリュックサックは宙を舞う飛竜の頭に直撃した。
飛竜はくるくると回転しながら、某の荷物とともに落ちていった。
前に跳び、リュックサックと飛竜の両方を受け止めた。
飛竜はその大きさの割には体重は軽い。
せいぜい60キロといったところだ。
荷物は合計360キロになったが、大した差ではない。
「……大丈夫か?」
「あ……ありがとうございます」
少女が某の手を握って立ち上がったその時だった。彼女の被っていた毛皮のフードが落ちた。
……可愛らしい犬耳が姿を現した。
「……あ」
少女が悲しそうに俯いた
「そういえばこの国の民は住人の差別が激しかったな」
某はそう言って、被っていた頭蓋骨を脱いだ。
「その耳……」
「うむ……ちょうどいい。某を其方の村まで案内してくれないか?」
「はい」
笑顔で頷く彼女の手には、白い花が握られていた。
どうやら……夕食の時間には間に合いそうにない。
※※※
道中、お互い名乗り合った。
彼女の名前はマイナというらしい。
予想していたことだが、やはり獣人がこの山に隠れ住んでいるのだという。
案内されたのは洞窟の中だった。
最初はよそ者ということで警戒されたが、某の耳を見ると皆が安心して迎え入れてくれた。
実際のところ某は獣人ではなく、コボルトと人間との融合種のようなものなのだが、それを説明したところで完全に理解してもらえるとは思えないし、なにより事態は悪化するだけなので黙っておくことにした。
洞窟の中は蟻の巣状に広がっていて、光源として光を自発的に放つコケを使っている。その穴の中にいくつかの扉を作り、家にしたり広場にしたりしているらしい。
マイナが村に戻ると、同じく犬耳の村人達が出迎えた。
出てきたのは大人が30人ほどだが、扉の向こうから他の者の気配もする。
合計100人くらいの規模の村だろう。
村としては普通だが、植物のあまり生えないこの地でこの人数は少々多い気がする。
彼女が事情を説明すると、長老を名乗る、白髪の犬耳の老人が前に出た。
「マイナを助けていただいたようで、村を代表して礼を言いましょう。飛竜を倒すとは、若いのになんとご立派な。大したおもてなしもできませぬが、タラ殿、どうか、今日はこの村でお休みください」
「いや、某は行くところがある。もう山を下りないといけない」
今なら夕食の途中には帰れる。
そう思ったのだが――
「もう外は暗い。危険です。マイナもお礼を言いたいと申しておりますし、どうか――」
断るうまい理由が見つからず、結局某は世話になることになった。
「それではこの飛竜の料理を頼みたい……余った肉は全て差し上げるが、他の素材は持って帰りたい」
せめて土産でもないと許してもらえないだろう。
もっとも、竜の素材で喜ぶのはコメットではなく主なのだが。
その後、町の広場で竜の料理が作られることになった。
洞窟の中では火を使うことができないので、料理は全て生だ。
寄生虫等の食中毒の心配はあるが、獣人は生肉を食べる慣習がある種族であるし、そもそも某はルシル殿の料理を食べたことがる。寄生虫ごときで腹を壊すことなどありえない。
キノコと竜肉のサラダ、そして川魚のサラダは生臭かったが食べられないものではなかった。
この川魚はどこで獲れたのだろうか?
魚はかなりの量がある。近くに大きな湖や川などなかったはずだが、地底湖でもあるのだろうか?
もっとも、某には関わりのないことだ。
明日にはここを去るのだから。
某はマイナの住む部屋――という名の洞窟の奥の通路に案内された。
寝床は藁が敷き詰められているだけの簡素なもので、棚も何もない。
「……タラ様、今日はありがとうございました」
「気にするな。それより、何故あそこにいたのだ?」
「母の墓にお花を供えるためです」
マイナはそう理由を告げ、そしてもう一度頭を下げた。
「タラ様がいなければ、私は自分の役目を果たすことができないところでした。最後にタラ様のような素敵な方に出会えて、私は幸せでした」
「最後?」
「はい……私は明日、守り神様の贄となるため、湖に身を捧げるのです」
……この時、某は思った。
どうやら、明日の朝食にも間に合わないだろう、と。




